| アンソロジー 山田隆昭 現代詩の10人 | ||||
| 著者名 : | 山田隆昭 | |||
| 出版社 : | 土曜美術社出版販売 | |||
| 発行年 : | 2000.10 | |||
| N D C : | 914 | |||
| ひとこと : | 迫られてどきどきします。 | |||
|
山田隆昭の紹介 其の一
山田隆昭さんの詩集『うしろめた屋』は、まだ手元においておきたいので、図書館には寄贈していない。彼は一向宗の和尚さんである。日本詩人クラブの東京大会で逢って以来、その詩法にほれて酒席を共にしてきた。 「とうふ屋」という詩がある。二連目を記すが、おんなの肌のような、食べてしまいたいほどおいしい絹ごしどうふが、つつましやかに産まれてくる時、嘲笑が聞こえてくるのだ。これが好きだ。 焼きどうふがつくられるとき この店はまるで戦場だ 火炎放射器とみまがうガスバーナーが もめんどうふの表面を 容赦なく焼きつくす 焼きどうふは食卓のすき焼鍋で また 焼かれてしまうのだ 家庭は戦場ではないが "油揚げはこころしてつくれ"と言う。とうふ屋は看板もかかげず、裏通りでひっそり湯気をたてている。彼の目はたしかだ。見るところがいい。 ある年の夏、詩人クラブの東北大会が北上の詩歌文学館であった。カンパイの音頭にことよせて、山田隆昭のとうふ屋の宣伝をしたのがきっかけで、二次会で豆腐をとりよせて酒をのんだ。 たしか、埼玉の北岡、練馬の西岡さんなど一次会をうわまわる盛会さであった。 私もとうふ屋に魅せられて遊びに行き、そこの息子と「豆腐売り」したことがある。 〈 追憶の話を旗のように立て 〉 恭雄 酒席のフィナーレは、崩れたとうふのようになっていたことだろう。 次は「帽子について」を書こう。 山田隆昭の紹介 其の二 そう言えば、山田は北上の小路を、目深い帽子をのせて歩いていた。 「陽よけ!でないよね」 「おしゃれ!でもないよね」 男女の詩人たちは、勝手にしゃべって歩いた。彼は、この一つの品で己れのかくれ処をつくり、視線を対象物に当てて歩いていたようだ。「無用の用を生きる」ことを知っていたのである。 ぼうしはつばつきに限る しかもよれよれでつばは少し波うっていて 眼の半分がかくれてしまうものがよい なぜなら ぼうしは陽射しから頭を守るものでなく 女たちの哀しい修飾でもなく ぼくによってただひとつの かくれ処だから 街にでれば匿名のひとが 個性的な顔と頭を旗のように おし立てて歩いている 高村光太郎の記念館に着く。 この寒い山の林の中で光太郎は「東京に空がない」と嘆いた智恵子の像を彫っていたのだろうか。私は埼玉の北岡さんと連れ立って歩いた。もう賢治も啄木も光太郎も隆昭もみな群の中にいた。みな羅漢となっていた。 その夜、崩れた豆腐になっていた和尚ふたりは、完全に埼玉の北岡さんに寝姿を盗まれたのである。「涅槃の釈迦」であったと後で話の種にされた。 ・・・もうふたりは個性的な頭を旗のように立てることは出来なかった。かくして北上の夜は更けたのである。 次は「合鍵屋」を書こう。 (両国の花火が四股をふんでいる) 恭雄 |
||||
| (田口恭雄) | ||||
|
|