続 さよなら京葉線の201系900番代

量産化改造の目立つ点は、8M2Tから6M4Tへの改造、パンタ撤去、スタンションポールの撤去、運転台 縦振りマスコンへの改造(日車製のみ)などがおこなわれたが、試作車の特徴は多く残され量産車の中で目立つ存在だった。新製当初は三鷹電車区に配置され中央線で走行していたが、中央線用の電車が武蔵小金井電車区に移る際に総武緩行線に転属、カナリヤとなって活躍した。1988年12月に発生した東中野での衝突事故により、ATS-Sの改良版ATS-Pが登場。首都圏近郊の路線に多く採用され、総武緩行線にも採用された。これにより201系900番代はATS-Pの設置スペースが不足したため量産車と混ぜて中間車に使用されることになった。201系900番代は6両と4両に分けられることになり 先頭車は先頭に立つことはなくなった。その後京葉線に転属、スカイブルーとなって活躍中であるが、2005年3月にその活躍を終える(ハズ)。
T車用TR231X台車。
M車用DT46X台車。
201系900番代の前面特徴。運行表示灯の周りがグレーになっている。
東急製の運転台。結局この形の運転台が量産車に採用されることになった。
クハ201の室内量産車と比べて天井が低いように感じられる(試作車2165mm、量産車2240mm)。運転室仕切りの窓も量産車と違って角型。 ちなみにこの電車量産車と比べて床も高い。
201系試作車運転記念の切符。省エネという事で切符も小さかった・・・。

最後に 、量産車の完成で900番代の存在も薄れてしまいました。しかしそれは逆に量産車の完成度が高いということです。900番代は量産車よりも一足先に引退ですが、量産車は今後も長く走り続けることでしょう。

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