Part 2 百日天下
第4章 鷲は飛んで行く
9.グルノーブルに入る
馬を駆って逃げ戻ったランドン少尉の口から、ラフレでなにがあったかがグルノーブル駐屯の兵士たちに瞬時に伝わった。
ラベドワイエール大佐と第7連隊が、師団長の命令にそむいて隊ごと皇帝軍に合流したというニュースも、たちまち広まる。
グルノーブルの軍管区全体が動揺し浮き足だつ。
師団長マルシャン将軍は、将兵の脱走を防ぐために町のすべての門を閉じさせた。
もはや迎撃態勢をとるのは不可能である。
町の住民のなかには、門をあけて皇帝の一行を迎えよと要求する者も出てきた。
夜の8時ごろ、ナポレオン軍(いまでは「軍」と呼べる規模にまで膨れ上がっている)が、ボンヌ門のまえに姿を現わす。
大勢の農民――優に千名をこえている――もついてきている。
門が閉鎖されているのに気づいて、兵も農民も怒りの声をあげた。
ナポレオンの副官ラウル大尉が門に近づいた。
「皇帝に代わっていう。門をあけろ」
なんの反応もない。
ボンヌ門の内側に集まっていたグルノーブル市民の何人かが突進して、掛け金をこわそうとした。
頑丈な門はびくともしない。
ナポレオンがラベドワイエール大佐につきそわれてくぐり戸のまえに行き、責任者を呼べと命じた。
工兵大佐ルーシルが戸の反対側に立つ。
押し問答があったが、大佐は「マルシャン将軍以外のだれからも命令を受けない」と、返答する。
すぐそばでは、興奮した町民たちが「あけろ! あけろ!」と、どなりはじめた。
業を煮やした何人かが、大きな厚い板をどこからか運んできて、勢いよくぶっつけた。
門がきしみはじめる。
じっとそれを見ていたルーシル大佐は開門を命じた。
皇帝とその軍隊それに多数の農民が、グルノーブル市内になだれこむ。
もう、夜の10時になっていた。
ナポレオンは後年になって述懐している。
「わたしはグルノーブルまで冒険家だった。あの町で君主になったのだ」
(続く)