Part 1 第一統領ボナパルト
第5章 陰謀
2.警察省の廃止
フランスの警察にしても、ロンドンに巣くう王党派運動家の動きをある程度はつかんでいる。
カドゥーダルが姿をくらましたという情報は、やがてパリに届いた。
しかしどこへ行ったのか分からない。
報告を受けたボナパルトの頭のなかで、小さな警報器が作動した。
警視総監や法務大臣を呼んで意見をきいたが、曖昧な答えしか返ってこない。靴の上からかゆいところをかくようである。
こうなってみると、警察省を1年半まえに廃止したことが悔やまれる。
フーシェならこんな答え方はしない。
警察省廃止の理由は、フランス社会の治安がよくなったし、アミアンの和約のあとイギリスの諜報員も激減したからというもの。
じつはそれは表向きのことで、実際にはフーシェを嫌い恐れている者たちの画策によるものだった。
警察大臣は「知りすぎている男」であった。
第一統領の兄弟や妹たちや主要閣僚の間にも、この男に弱みを握られている人間は少なくない。
かれらはボナパルトが終身統領になるときにフーシェが反対したことを批判し、それを口実にして排斥しようとした。
ボナパルトはフーシェをかばうことなく、その流れを是認した。
しかし警察大臣に職務上の落ち度はなく、くびにするのは難しい。
苦肉の策として、ボナパルトは警察省そのものを解体することにした。
それが1802年9月のこと。
いまになってボナパルトはほぞを噛んでいる。
やむをえず、カドゥーダルなど王党派の運動家をとりしまる責任者として、ピエール・フランソワ・レアルを新しく起用することにした。
公安関係のプロであり、この分野ではフーシェにつぐ実力者である。
レアルは逮捕されてから放置されているふくろう党員(シュアン)何人かを軍事法廷で裁かせることから仕事をはじめた。
全員に死刑の判決が出る。
死刑囚のひとりが、減刑してくれるならという条件で口を割る。
「カドゥーダルとその腹心の部下、従僕などがいまパリに来てます」
そう自白したのだ。
レアルの顔色が変わる。
(続く)