物語
ナポレオン
の時代
レアルはただちにカドゥーダルの部下ブヴェ・ド・ロズィエと従僕のピコを逮捕させ、両人の訊問を自ら仕切る。
厳しい追求に耐えられなくなったブヴェ・ド・ロズィエは、独房に戻ってから首を吊った。
駆けつけた看守の手で一命をとりとめると、タガがゆるんだように喋りはじめる。
「ピシュグリュがパリにいる‥‥モローと会った‥‥ ブルボン家のプーリンスがもうすぐ帰国する‥‥」
レアルは息をのんだ。
この情報はすぐにも第一統領に報告しなければならない。
真夜中であったが、レアルはすぐ馬車に乗った。
行き先はマルメゾンである。
パリの郊外マルメゾンに、ジョゼフィーヌが数年まえにこぶりなシャトーを購入し、別荘として使っている。
ボナパルトはチュイルリー宮殿の格式ばった生活に疲れると、息抜きにそこに行って数日過ごすのを好み、いまも滞在中である。
レアルがマルメゾンに着いたのは、朝の7時ごろ。あたりはまだ暗い。
2月のパリで夜が明けるのは、8時を過ぎてからである。
第一統領はすでに起床して、従僕にひげを剃らせていたが、レアルのただならぬ様子を見てとると、自分から声をかけた。
「どうした? なにかあったのか?」
「はい、そうです。たいへんなことが‥‥」
「では話してくれ。ああ、かまわない」
ボナパルトはそういいながら、従僕の方にちらりと視線をはしらせた。
「では申し上げますが、ピシュグリュがいまパリにいて、モローと‥‥」
二人の名前を耳にした瞬間、ボナパルトはつと立ち上がる。
レアルの唇のまえに掌をあてるようにして黙らせ、従僕に急ぐように命じた。
仕事をおえた従僕が部屋を出ていくと、おもむろに促す。
「さあ、聞かせてくれ」
レアルは勢い込んで話しはじめた。
じっと聞いていたボナパルトは、途中で椅子から離れると、レアルに背を向けるように急いで部屋の片隅に行き、十字をきる様子だった。
(続く)