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物語
ナポレオン
の時代

    Part 1  第一統領ボナパルト

   
 第5章 陰謀

   3.十字をきる動作

 
 レアルはただちにカドゥーダルの部下ブヴェ・ド・ロズィエと従僕のピコを逮捕させ、両人の訊問を自ら仕切る。
 厳しい追求に耐えられなくなったブヴェ・ド・ロズィエは、独房に戻ってから首を吊った。

 駆けつけた看守の手で一命をとりとめると、タガがゆるんだように喋りはじめる。
 「ピシュグリュがパリにいる‥‥モローと会った‥‥ ブルボン家のプーリンスがもうすぐ帰国する‥‥」
 レアルは息をのんだ。
 
この情報はすぐにも第一統領に報告しなければならない。
 真夜中であったが、レアルはすぐ馬車に乗った。
 行き先はマルメゾンである。
 パリの郊外マルメゾンに、ジョゼフィーヌが数年まえにこぶりなシャトーを購入し、別荘として使っている。
 ボナパルトはチュイルリー宮殿の格式ばった生活に疲れると、息抜きにそこに行って数日過ごすのを好み、いまも滞在中である。

 レアルがマルメゾンに着いたのは、朝の7時ごろ。あたりはまだ暗い。
 2月のパリで夜が明けるのは、8時を過ぎてからである。
 第一統領はすでに起床して、従僕にひげを剃らせていたが、レアルのただならぬ様子を見てとると、自分から声をかけた。
 「どうした? なにかあったのか?」
 「はい、そうです。たいへんなことが‥‥」
 「では話してくれ。ああ、かまわない」
 ボナパルトはそういいながら、従僕の方にちらりと視線をはしらせた。
 「では申し上げますが、ピシュグリュがいまパリにいて、モローと‥‥」
 二人の名前を耳にした瞬間、ボナパルトはつと立ち上がる。
 レアルの唇のまえに掌をあてるようにして黙らせ、従僕に急ぐように命じた。
 仕事をおえた従僕が部屋を出ていくと、おもむろに促す。
 「さあ、聞かせてくれ」
 レアルは勢い込んで話しはじめた。
 じっと聞いていたボナパルトは、途中で椅子から離れると、レアルに背を向けるように急いで部屋の片隅に行き、十字をきる様子だった。
          (続く