Part 2 百日天下
第11章 ワーテルロー(下)
2.土壇場
1800年6月のマレンゴの戦いでは、敗北必至と思われたとき、ドゥセ将軍が援軍を引き連れてやってきた。
今日の戦場にはグルーシーが姿を見せず、代わりに現れたのはプロイセン軍だった。
その差は天と地ほどもある。
不利は承知のうえで、ナポレオンは戦わざるをえない。
敗北の報がフランスに伝われば、議会がどう反応するかは容易に想像がつく。
かれは近衛兵たちをプランスノワから呼び戻して隊列を組くませ、そのまえに立って激励の声をかけた。
さらにラ・ベドワイエール将軍に命じて、グルーシー軍がもうすぐここにくるという偽りの情報を流させる。
近衛兵たち―残っているのは9個大隊―は、目に見えて生気をとりもどした。
空は一日中曇りがちであったが、このときになって雲が切れ、ニヴェル街道の楡の並木をすかして、沈みつつある太陽がはっきり見えた。
時刻は午後7時をまわっているが、6月のベルギーでは日没までなお時間がある。
赤い毛飾りのついた黒い軍帽をかぶった5000人ほどの近衛隊は、太鼓と笛の音に合わせ、ゆっくりと歩みだす。
まだ敵弾の射程外であり、急ぐ必要はないのだ。
不敗の兵士たちは、空に向けて銃剣を突き立て、一糸乱れず前進した。
ナポレオン自身がその先頭に立とうとしたが、幕僚たちにつよく制止され、やがて後方に退く。
モン・サンジャン高地のすぐ下に達すると、硝煙・機械油・血液の混じり合った匂いが鼻をつく。
砲声が近くなった。
大砲と小銃の音が、右からも左からも聞こえた。
ライ麦畑の斜面は死傷兵で覆われている。
フランスの誇る最強部隊は、地面に倒れている死体をまたぎながら前進した。
前方は白煙のために視界がきかない。
右手のパプロット農場のほうで騒がしい音がした。
ツイーテン軍団が接近してくるのに気づいたデュリエット師団の兵士たちが、浮き足だって叫び声をあげ、発砲しているのだ。
(続く)