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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第9章 戦争へ 

  12.忙中の閑


 リッチモンド公爵夫人の舞踏会がはじまった。
 照明はクリスタルガラスのシャンデリアに立てられた数多くの細いろうそく。
 赤と金の軍服。ロイヤルブルーとサフラン色の軍服。
 高地連隊のキルト姿もちらほら見られる。
 あたりには香水やオレンジ水やオーデコロンの香りが漂う。

 公爵夫人によって厳しく選抜された若き士官たちが、ブリュッセルの社交界の女性たちと列をくみ、会釈をかわす。
 楽団がポロネーズを奏ではじめた。
 女性たちの身につけているのは、季節がら薄もののドレス。
 かの女たちが胸や指につけた真珠やルビーにろうそくの光が反射して輝いている。
 笑い声が会場全体にひろがり、視線がかわされ、微笑がこたえる。

 ウェリントン公爵が幕僚たちと姿を現した。
 公爵の背丈はイギリス人としてはさほど高くなく、175センチぐらい。
 46歳になっているのに、すらりとした体つきで、精悍な印象である。
 褐色の髪が短く刈り込まれている。
 かれは舞踏会場の入り口に立つと、満場の拍手に応えて片手を軽くあげた。
 自信にみちた態度である。
 イギリス陸軍元帥の緋色と金の軍服で正装し、オレンジ色の飾り帯に勲章をつけている。

 舞踏会は再開され、会場に陽気な雰囲気が戻った。
 やがて夜食が供される。
 ある貴族の下男が主人にこっそりと封筒を渡した。
 開封して至急報を読んだ貴族は、なにもいわずにそばのウェリントン公爵に急報文を示す。
 さも興味なげに目を走らせた公爵は、心配そうに見つめるリッチモンド公爵夫人に気づくと、にっこり笑ってみせた。

 しばらくして今夜の主催者であるかの女に慇懃に挨拶してから、ウェリントンは会場の外にでる。
 人びとの視線のとどかぬ場所に行くと、かれは幕僚たちにてきぱきと命令を出した。
 宿舎に戻ったウェリントンは3時間ほどの仮眠をとってから、カトル・ブラに向けて出発する。
                                                     (続く