物語
ナポレオン
の時代
アルビーヌ・ド・モントロンの旧姓はヴァサル、貴族階級の女である。
17歳で結婚したが、2年後に離婚。その翌年に再婚したのだが、2度目の夫とも12年後に別れた。
その直後にモントロン伯爵に出会い、たがいに一目惚れで結ばれたようである。
3番目の夫モントロンに従い、ふたりの間に生まれた3歳のトリスタンを伴ってセント・ヘレナ島に渡ったのは、アルビーヌ35歳のときだった。
美人というのではないがコケティシュで愛想がよく、ピアノが弾け歌もうまかった。
音痴のナポレオンが好きなイタリア歌謡をうたうと、巧みにほめそやすこともできる。
ひとことでいえば社交的な女性であり、ロングウッドの夜の集いには不可欠の存在であった。
アルビーヌはセント・ヘレナ島で2度出産している。
最初は1816年6月で、生まれた女の子はナポレオーヌと名づけられた。
この子の父親は夫のモントロンであるが、つぎに1818年1月に生まれた女の子の父親はどうやらそうでない。
さまざまな状況証拠からいって、父親はナポレオンである。
生まれて間もなく、ベルトラン夫人ファニーは「赤ん坊の顎や手が皇帝にそっくりだ」といいふらしたらしい。
アルビーヌはその翌年7月に健康上の理由で帰国するのだが、やがて夫モントロンが国に戻るのを待って離婚した。
さらにその2年後、かの女は匿名で『モイナの歌』という小説を刊行するのだが、その女主人公モイナは2人の男を同時に愛する女である。
男のひとりレオ(この名前はナポレオンを連想させる)は亡命して島に暮らす人物で、政治的理由からモイナと別れなければならない。
この小説は、美化されてはいるものの、自らのセント・ヘレナ島での「恋愛」を告白したもと受け取ってよい。
グルゴーの推察は正しかった。
アルビーヌは1817年のある時期からナポレオンの愛人になっていたのだ。
(続く)