本文へスキップ

物語
ナポレオン
の時代

       Part 3 セント・ヘレナ

   
第4章 倦怠と絶望   

   5.いがみ合い

 グルゴーは直情径行の男であり、心に浮かんだことを後先を考えずに口に出す。
 たとえばモントロンにいきなり「きみの奥さんはいま皇帝の部屋にいるぞ」と告げて、狼狽させる。

 こうしたことが重なれば、グルゴーとモントロン夫妻の関係が気まずくなるのはどうぜんである。
 ベルトラン将軍が間に入って仲直りさせようとしてが、うまくいかなかった。
 ナポレオンまで乗り出して関係の修復をはかるが、もはやどうにもならない。
 「陛下はかれらに蜜をそそぎ、わたしにはニガヨモギをくださいます」
 グルゴーはそんなことをいう。
 モントロン夫妻は甘やかされ、自分はつらい目にあっている、と訴えているのだ。

 アルビーヌをあからさまにけなすこともある。
 「自分の乳房を掻いたり、皿につばを吐いたりして、とても育ちのよい女性と思えない。どうしてあんな女を相手にされるのですか」
 まるで冷たくされた男が、恋人を非難するかのような言葉である。
 ウンザリしたナポレオンは、グルゴーのいないときにはき出すように言って捨てた。
 「わたしはグルゴーの女でない。まさかやつと寝るわけにいかん!」  

 アルビーヌがロングウッドで2度目の出産をする前日、グルゴーは決闘状をモントロンに手渡す。
 モントロンはそれを無視した。
 女の子が生まれたあとで、グルゴーは皮肉たっぷり日記に書いた。
 「モントロン夫人は女の子を望んでいた。家族のなかにナポレオンのような男がほしかったのだろう」  

 数日後、かれは主君に「健康状態が思わしくないので、島を離れたいと思います。お許しください」と、書面で申し出た。
 同じ屋根の下に暮らすのにわざわざ文書にしたのは、意志が固いことを示したかったのだろう。
 ナポレオンは引きとめなかった。
 「そうか、君は行ってしまうのだな」と呟いただけである。

 グルゴーがロングウッドを立ち去ったのは、1818年2月13日だった。
 船便を待ってジェームズタウンに1ヶ月とどまり、3月14日にカムデン号でセント・ヘレナ島を離れている。

                                               (続く