物語
ナポレオン
の時代
新来の5名は、老齢のブオナヴィータ神父、若いヴィニャーリ神父、給仕頭クルソ、料理人シャンドリエ、それに医師アントンマルキである。
ベルトラン将軍がその日のうちに全員を呼んで経歴などを聞き、ロングウッドでの生活のしかたなどを説明した。
翌日ナポレオンがまず2人の聖職者を引見、ついで同郷の若い医師にあって話を交わしたあと診察をうけた。 アントンマルキの所見はオマーラのそれとほぼ同じで、「胆汁性の発作をともなう慢性肝炎」というもの。
かれは島に来る途中でロンドンに立ち寄ったとき、この先輩医師に会って助言を受けている。
また「ナポレオンは薬をのむをいやがる」と聞いてきたので、主として食餌療法でいこうと思い、とりあえず運動を勧めた。
ナポレオンは気が進まぬ様子である。
馬に乗ると疲れるし、歩哨に監視されながら散歩するのもしゃくにさわる。
それなら庭仕事はどうですか、とアントンマルキが提案した。
庭の中ならイギリス兵の目が届かないでしょう。
歩哨に監視されないというのが気に入ったらしく、ナポレオンはまもなく造園作業をはじめた。
朝早くからマルシャン、アリ(サン・ドニ)、アルシャンボーなどを起こして、手伝わせる。
地面に穴を掘らせ、樫の木やレモンの木を植えさせ、土を盛らせる。
もともと人を動かし、指図するのが好きであるし、巧みでもある。
肥料をやらせ、水をかけさせる。
自らホースを持って撒水することもある。
毎日のように戸外で土いじりをしているうちに、食欲も出てきたし、体力もいくらかは戻り、馬にも乗れるようになった。
アントンマルキの思いつきがうまく行って、小さなポイントを上げたかたちである。
が、それを除けば、この元フィレンツェ大学解剖学助手のロングウッドでの評判はあまり良くなかった。
言葉遣いがぞんざいだし、態度が不遜である。
もっとも良くないのは、留守がちなことだった。
この30歳の医師は、ほとんど毎日、午後になると馬でジェーム、ズタウンに降りていき、この小さな町で見つけられるだけの気晴らしにふけるのだ。
というわけで、ナポレオンに呼ばれても姿を見せぬことが多い。
随員や召使いたちのアントンマルキを見る目が、日に日に冷たくなって行ったのはとうぜんである。
(続く)