物語
ナポレオン
の時代
庭仕事を何ヶ月かやってるうちに、ナポレオンはいくらか元気になった。
それを聞いたロウ総督は、ボナパルト将軍がとかくひきこもり生活を送ってるのがいけなかったのだと判断する。
それなら馬で遠乗りをしてもらうことにしよう。
将軍の動静もつかめて好都合でもあるし‥‥
じっさいナポレオンはこのところ出不精になっていて、「一日二回、目で見て確認せよ」という政府の訓令を守ることすら難しくなっていた。
総督は、ボナパルト将軍が自由に行動できる範囲をひろげることにした。
これまでは半径何マイル以内はこう、その外側はこうと、いろいろ細かい規則があった。
それを緩やかにしたのだ。
歩哨の目を気にせず遠くまで行けると知ったナポレオンは、ある晴れた日、早朝から馬車に乗り、島の南西方面すなわちジェームズタウンと反対側に向かった。
ベルトラン、モントロン、それに召使い4人が同行した。
行き先は、島の名士ウィリアム・ダヴトンの邸宅「マウント・プリーザント」である。
ダヴトンはこの島に生まれ育った人物で、すこし前にナイトの爵位を受け、初めてロンドンに行ってきた。
ダヴトン邸は「サンディ・ベイ」の谷間を見おろす緑豊かな斜面に建っていて、あたりにはハイビスカス、ブーゲンビリア、アマリリスなど熱帯の色鮮やかな花が咲き乱れている。
ロングウッドからやって来た7名は、庭の杉の大樹の下で持参した豪華な弁当をひろげた。
鶏のパテ、七面鳥の冷肉、ハム、サラダ、それにシャンペンなどである。
叙爵を祝ってグラスをかかげるナポレオンに礼を述べながら、ダヴトンは客をじっくり観察していた。
「まるでシナの豚のように丸々と太ってる」
野外の長い会食を終えて、やっと帰宅したナポレオンは、疲労困憊のあまりベッドにくずれ落ちた。
1820年10月4日のこのダヴトン邸訪問が、後からふり返れば、セント・ヘレナ島でのナポレオンの最後の遠出になった。
(続く)