Part 2 百日天下
第5章 ドミノ倒し
3.海水の流れは止められぬ
ネーの性格を心得ているナポレオンは、どんな言葉をかければよいかを知っている。
言葉の短さ補うために、ベルトラン将軍に具体的な行動の指示をふくむ手紙を書かせて同封した。
ナポレオンの短信とベルトランからの手紙に目を走らせたネーは、深い息をついた。
心の底にわだかまっていた危惧は消し飛ぶ。
自分を納得させるために「海水の流れを両手で止めることはできない」と、かれはつぶやいた。
素朴な表現であるが、兵士たちの皇帝支持の流れはいかんともしがたい、といいたいのだ。
グルノーブルの軍もリヨンの軍も、ナポレオンに投降したという知らせが届いている。
いまやその軍勢は1万5千をくだらないだろう。
ネーは3月14日の朝、部下のブールモン将軍とルクルブ将軍を呼んで相談した。
相談というより、ナポレオンに帰順したいという意向を打ち明け、ふたりの反応を探ったのだ。
ブールモンはヴァンデの乱の反乱指導者のひとりだった。つまりは元シュアンである。
この元王党派軍人が帝政下に軍に入って能力を発揮した。
そして今では国王軍の師団長である。
ブールモン将軍はネーに賛同もせず、反対もしなかった。
戻ってきた皇帝を迎え撃つといえば、兵士たちが謀反するおそれがあるのを知っていたのだ。
他方、ルクルブ将軍はライン軍でモローの部下だった。
1804年の例の裁判のとき、法廷にモローの息子を抱きかかえて入ったのは、この男である。
ルクルブは皇帝と国王の間でどちらかを選ぶことはできない、と述べて判断を留保した。
つまり、2人の上級士官はあいまいな態度をとった。
自分が断固たる姿勢を示せばこのふたりはついてくると思ったのか、ネーはこう言い放つ。
「われわれは皇帝のもとに戻るしかない」
午前10時、歩兵4個大隊と騎兵6個中隊が集められ、広場で密集方陣を組むように命じられた。
(続く)