Part 2 百日天下
第5章 ドミノ倒し
4.あからさまな寝返り
「方陣」とは片仮名の「ロ」のように兵を並べた陣形のことで、当時の兵士は戦場でひんぱんに方陣をくんで戦った。
だから方陣をくむことに習熟している。
ネー元帥は馬背にまたがり兵士の方陣のなかに入った。
まず太鼓を連打させて、それから抜刀した。
片手で剣を握り、もう一方の手で紙片をもって、太いしわがれ声で、書いてきた宣言を読みはじめる。
「士官、下士官、兵士の諸君! ブルボン家の大義はもはや失われた!」
そこまで聞いただけで、将兵たちはいっせいに叫びだす。
「皇帝万歳!」
ラフレやグルノ−ブルで見られたのと同じ光景である。
ネーはその赤ら顔をさらに朱にそめて紙片に目をやった。
「われらの美しい国を統治すべきなのは、皇帝ナポレオンである。
兵士たちよ、わたしはこれまでおまえたちをいくども勝利に導いた。
いまや、皇帝とともにパリに向かう不滅の軍団のもとへ、おまえたちを導こう!」
高らかにこう宣言した司令官を、大歓声がつつんだ。
ネーは馬からおりると、高揚した面持ちで部下たちに歩み寄る。
元帥帽をかなぐり捨て、金髪を乱しながら、士官・兵士を問わず相手をかき抱いた。鼓手をも抱いた。
このあとネー元帥の部隊は、方向を転じて北に向かい、オセールでナポレオン軍に追いつく。
かれが11ヶ月まえに裏切った皇帝のまえに出たのは、3月18日だった。
緊張して弁解をはじめるネーに向かい、ナポレオンは静かに声をかけた。
「元帥、さあ抱擁してくれ。また会えてうれしい。説明も釈明もいらない」
このようにして、両者は和解した。
国王軍の頼みの綱は切れた。
翌日、ネーを加えたナポレオンの軍勢はオセールを出発する。
いまでは行く先々で、町長や村長が挨拶のために顔を見せるようになった。
群衆に取り囲まれると動きがとれないので、つとめて集落を避けて前進した。
一行がフォンテーヌブローに到着したのは、3月20日の午前10時。
パリまで、あと60キロである。
(続く)