物語
ナポレオン
の時代
コックバーン提督は驚いたにちがいない。
が、考えてみれば、町中にある「ポーティアス・ハウス」よりブライアーズ荘のほうが見張るのに便利である。
フランスの前皇帝から請われ、イギリス海軍のお偉方が頷いているのを見て、バルコームは二つ返事で承知した。
「母屋を使っていただいても結構です」ともつけ加えたが、ナポレオンはそこまでは望まなかった。
当面の住居問題はこうして迅速に処理された。
昨夜の寝苦しさがナポレオンにはよほどこたえていたのだろう。
早速、ジェームズタウンからその日の夕食を運び込む手配がなされる。
翌日は、賄い係のピエロンとルパージュが銀の食器やナプキンを携えてやってきて、バルコーム家の台所を借りて料理をつくる。
この一家は椅子、テーブル、食器戸棚なども好意的に貸してくれた。
ナポレオンの愛用する戦場用のベッドが組み立てられ、離れの1階の窓ぎわにすえられる。
これらの設営が終わると、ベルトラン将軍が町におりて、代わってラス・カーズとその息子がやって来た。
ナポレオンの日課とするイタリア戦役の口述筆記のためである。
夜になるとラス・カーズ父子が2階の屋根裏部屋に上がり、ナポレオンは1階の簡易ベッドに眠る。
この2部屋はそれぞれ5メートル四方ぐらいの広さであり、1階は三方が上げ下げ式の窓になっていて開放的である。
用心のため戸口のまえには、従僕のマルシャンとアリがマットレスを敷き、コートをはおって寝た。
セント・ヘレナ島は熱帯にあり温暖。
若い男性ならコートだけで寝ても寒くない。
(続く)
セント・ヘレナ島は南緯15度〜16度に位置していますから、熱帯の島です。
南緯で15度〜20度の都市を南米大陸で拾ってみますと、ブラジリアやラパスがそうです。
南太平洋でいうなら、タヒチ島やフィージー島など。
緯度ですべてが決まるわけではありませんが、どんな気候なのか、大体のイメージはつかめます。