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物語
ナポレオン
の時代

       Part 3 セント・ヘレナ

   
第1章 上陸 

   5.即決の借家住まい

 コックバーン提督は驚いたにちがいない。
 が、考えてみれば、町中にある「ポーティアス・ハウス」よりブライアーズ荘のほうが見張るのに便利である。
 フランスの前皇帝から請われ、イギリス海軍のお偉方が頷いているのを見て、バルコームは二つ返事で承知した。
 「母屋を使っていただいても結構です」ともつけ加えたが、ナポレオンはそこまでは望まなかった。

 当面の住居問題はこうして迅速に処理された。
 昨夜の寝苦しさがナポレオンにはよほどこたえていたのだろう。
 早速、ジェームズタウンからその日の夕食を運び込む手配がなされる。
 翌日は、賄い係のピエロンとルパージュが銀の食器やナプキンを携えてやってきて、バルコーム家の台所を借りて料理をつくる。
 この一家は椅子、テーブル、食器戸棚なども好意的に貸してくれた。
 ナポレオンの愛用する戦場用のベッドが組み立てられ、離れの1階の窓ぎわにすえられる。

 これらの設営が終わると、ベルトラン将軍が町におりて、代わってラス・カーズとその息子がやって来た。
 ナポレオンの日課とするイタリア戦役の口述筆記のためである。
 夜になるとラス・カーズ父子が2階の屋根裏部屋に上がり、ナポレオンは1階の簡易ベッドに眠る。
 この2部屋はそれぞれ5メートル四方ぐらいの広さであり、1階は三方が上げ下げ式の窓になっていて開放的である。

 用心のため戸口のまえには、従僕のマルシャンとアリがマットレスを敷き、コートをはおって寝た。
 セント・ヘレナ島は熱帯にあり温暖。
 若い男性ならコートだけで寝ても寒くない。
                   (続く

   セント・ヘレナ島は南緯15度〜16度に位置していますから、熱帯の島です。
   南緯で15度〜20度の都市を南米大陸で拾ってみますと、ブラジリアやラパスがそうです。
   南太平洋でいうなら、タヒチ島やフィージー島など。
   緯度ですべてが決まるわけではありませんが、どんな気候なのか、大体のイメージはつかめます。