Part 2 百日天下
第5章 ドミノ倒し
2.国王軍の切り札
すでに述べたように、ネー元帥は数日前に宮廷でルイ18世に大言壮語したものの、さしたる自信があったわけでない。
国王軍の切り札と目されていたというのに、ネーは内心ナポレオンにおびえていた。
昨年4月にフォンテーヌブローで退位を迫った自らの行動にも、うしろめたさを覚えている。
裏切りと思われたか?
捕まりでもしたら、どんな報復を受けるか?
心の整理をつけられぬままに、かれはパリを離れて馬車で任地に戻った。
任地は、パリの東南400キロに位置するブザンソン。
そこにかれの率いる第6師団が駐屯している。
ブザンソンでは悪いニュースがネーを待っていた。
ナポレオンの軍勢がすでにグルノーブルに入り、さらにリヨンに進軍し、アルトワ伯やマクドナルド元帥が逃亡してしまったという。
かれは舌打ちした。
「マクドナルドともあろうものが、戦わずしてリヨンを明け渡すとは!」
3月11日の夜、ネーは配下の軍をブザンソンからロン・ル・ソニエまで進めた。
200キロ離れたリヨンの方向に、半分ほそ近寄ったことになる。
ナポレオンの出した『兵に告ぐ』がかれの目にとびこんできたのは、この町に着いたときだった。
「‥‥勝利は突撃の歩調で前進する。鷲は、国旗とともに、鐘楼から鐘楼へと、ノートルダムの尖塔まで飛んでいく」
以前の主君の文章はネーを唸らせる。
「このような文章を書ける者はもういない。王たる者はこう書くべきだ。兵士もこう告げられれば感激する」
ネーの感嘆は、裏を返せばルイ18世への批判である。
「やつを鉄の檻に入れて連れ帰ります」とかれが衝動的にいったとき、王が見せた冷笑はいまも覚えている。
かれは迷いはじめた。妻が王の宮廷で受けた侮辱もある。
ナポレオンからの短信が届いたのは、そのときだった。
「シャロンで合流せよ。モスクワ河の戦いの翌日のように、わたしはきみを迎えよう」
(続く)