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物語
ナポレオン
の時代

       Part 3 セント・ヘレナ

   
第1章 上陸 

   3.宿屋と城館

 コックバーン提督の島での最初の仕事は、ナポレオンとかれの随員・召使いたちの居所を見つけることだった。
 まずまずの体裁の家屋で、民家などから離れていて、警備しやすいところを探さなければいけない。      ウィルクス大佐から得た情報にもどづき、すでに昨日、ロングウッドと呼ばれる台地の一軒家を下見に行ってきた。
 そこは町から遠く離れているし、周囲にはなにもなく、提督はすぐ気に入った。

 手狭なのが難点である。
 ナポレオン一行は、随員とその家族が合わせて10名ほど。召使いが十数名はいて、総勢で20名をこす。
 これだけの人間を寝泊まりさせるには、もっと多くの部屋が必要だし、若干の手直し工事もしなければならない。
 とすれば、工事の期間中かれらをどこに宿泊させるか?
 これについても、ウィルクス大佐の提案で「ポーティアス・ハウス」がよかろうということになった。
 ジェームズタウンではマアマアの宿屋である。
 客室は1階に3部屋、2階に5部屋。
 そしてこの宿屋は居酒屋をかねている。
 アーサー・ウェルズリー(のちのウェリントン公爵である)も、10年ほどまえの少将時代に、任地インドからイギリスに戻る船旅で寄港したとき、この宿屋兼居酒屋に泊まっている。

 ナポレオン一行は70日ぶりに陸に上がり、今夜はしばらくぶりで広いベッドでゆっくり眠れると思っていたのに、「ポーティアス・ハウス」に連れて行かれてがっかりした。
 部屋はノーサンバランド号のキャビンと同じくらい狭く、そのうえ不潔である。
 窓のすぐ下は街路であり、夜遅くなると酔った船乗りたちがわめき散らす声が聞こえてくる。

 ナポレオンは落ち着かないのか、ベッドから起き出してガウンをまとい、従僕のマルシャンを呼んで明かりをつけさせると、本を読みはじめた。
 そのころ、コックバーン提督はほど遠からぬ城館のなかにいた。
 窓から海が見渡せる静かな寝室のなかで、ひとり熟睡している。
                            (続く

 セント・ヘレナ島は、古めかしい言い方をするなら「絶海の孤島」です。
 といっても、当時は淋しい島ではありませんでした。
 港町ジェームズタウンは「賑やかな」と形容してもよいほどでした。
 スエズ運河がひらかれるまえは、ヨーロッパと東洋を結ぶ航路は喜望峰経由で、
 喜望峰を回るまえ(あるいは、回ったあとに)、大部分の船がセント・ヘレナに寄港したからです。