Part 1 第一統領ボナパルト
第4章 フランス vs. イギリス
5「終身統領」という地位
統領の任命権をもつのは元老院である。
護民院の動議にもとづき、1802年5月8日、元老院はボナパルトの任期を10年延長することに決めた。
その報告に接した第一統領は、いちおう謝辞を口にしたが、「国民の意思が示されなければ、この栄誉をうけることはできない」と答えた。
「ボナパルトは不満らしい」という噂が流れる。
ボナパルトのもとに出向いて元老院の決定を伝えた者が、第一統領の顔の表情や口調から、そう推測したのである。
それならば「後継者の指名権をもつ終身統領」に推そう、という案がにわかに浮上する。
もしこの偉大な人物に、暗殺・戦死など不測の事態が生じたら、わが国はどうなるのか?
サン・ニケーズ街のテロで無傷であったのは、偶然にすぎない。そもそも、マレンゴの戦場から無事に戻れたのがラッキーだった。また暗殺が企てられたり、戦争が起きたりしたら、国家にとってかけがえのない人物の生命が、危険にさらされることになる。
万が一に備えて、後継者は決まっている方がよい。それによって、政体が安定するだろう。後継者の指名権を有するとなれば、指名する人間の任期はとうぜん終身になる。
以上が「終身の」統領案に賛成する者たちの主張だった。
第二統領カンバセレス、外務大臣タレーラン、参事院評議官レドレールなどが賛成派である。それに、ジョゼフやリュシヤンなどの兄弟たち。
皆が皆、このように考えたわけではない。「終身統領」という地位そのものに首をかしげる者も多かった。
後継者の指名権をもつ終身統領というのは、事実上の王ではないか。王政に戻るのか。革命前に逆戻りするのか。
政界ではフーシェ、シエイエス、カルノなど。軍部ではモロー、ベルナドットなどの将軍たち。
言論界ではもちろんスタール夫人。そうした面々が反対派であった。
(続く)