Part 1 第一統領ボナパルト
第4章 フランス vs. イギリス
6.奇妙な関係
フーシェはボナパルトの任期を10年延長させようとして努力した。それなのに、終身統領案に反対した。
矛盾しているだろうか? いや、首尾一貫していた。
たぶん「終身統領案」が出てくるだろうと初めから読んでいて、それを防ぐために10年延長案を打ち上げたのだ。
フーシェは、ボナパルトの権力が強くなりすぎるのを嫌っていた。
徹底したレアリストで妥協も追従も便法なりと割り切っている男が、このときはあえて第一統領に立ち向かった。
ところでこの時期、かれはボナパルトの妻ジョゼフィーヌにひんぱんに会っている。
警察大臣が匿名の情報提供者を多数かかえていることは、すでに述べたとおり。
そのなかには上流階級の人間も少なくないが、じつはジョゼフィーヌも情報提供者のひとりだった。
かの女は宝石や装身具、美しい布地などに目がなく、気に入ったものは、有り金ぜんぶはたいても手に入れようとする。手持ちの金がなければ、ツケで買う。
自由に使える金銭は潤沢なのだが、経済観念がまるでないので、いつも莫大な借金をかかえている。瑣末なことを教えれば割のいい報酬がえられるので、かの女にとって警察大臣は重宝な存在だった。
プライベートな悩みを打ち明けても、厭な顔もせずに親身に耳を傾けてくれる。忠告もしてくれる。ボナパルトとの間に、かの女は子どもがいない。二人の子ども、ウジェーヌとオルタンスは、死別した前夫ボーアルネー子爵との間の子どもである。
だから最近になって、後継者を指名する権限が夫に与えられそうだと聞いて、怖気づいていた。夫が後継者として指名するのは、おそらく兄のジョゼフか弟のリュシヤンであろう。かの女は、ジョゼフともリュシヤンともうまく行ってない。
離婚の話だってでてくるかもしれない。終身統領の後継者つまり嗣子を産めない女なんて、妻とはいえない。ボナパルトの母や妹たちが、そういい出しかねない。
だからジョゼフィーヌは夫が終身統領になることに気が進まなかった。
その点でもフーシェとは話が合う。
(続く)