Part 2 百日天下
第4章 鷲は飛んで行く
1.上陸と夜営
フランスの海岸線が遠望できるようになると、ナポレオンは兵士たちにエルバ島の帽章から三色帽章にかえるよう命じた。
その機会をとらえて、ポンス・ド・レローが、皇帝による『兵士に告ぐ』を読みあげる。
この男はエルバ島の鉄鉱石採掘所支配人だったのに、その地位を惜しげもなくなげうち、パリに戻るナポレオンに随行するのを熱望した変わり者である。
ナポレオンはエルバ島をでるまえに『フランス国民に告ぐ』」と『兵士に告ぐ』をあらかじめ書いて、印刷までさせていた。
『兵士に告ぐ』は以下のような文言である。
「兵士たちよ、指揮官の軍旗のもとに集まり、整列せよ。
勝利は、突撃の歩調で前進する。
鷲は国旗とともに鐘楼から鐘楼へと、ノートルダムの尖塔まで飛んでいく。
そこでおまえたちは、名誉の傷痕を見せることができるだろう。
なしとげたことを誇ることができよう。
おまえたちは祖国の勝利者になるのだ」
じっと耳を傾けていた兵士たちは、いっせいに「皇帝万歳!」と叫んだ。
ナポレオン軍にあっては、これは戦場に赴くまえのいわば儀式である。
儀式ではあるが、それがなければ兵士たちはものたりないと感じたことであろう。
もうひとつの『フランス国民に告ぐ』にも、「鷲は鐘楼から鐘楼へと、ノートルダムの尖塔まで飛んでいく」という一句が入ってる。
ナポレオンは自らのエンブレムである「鷲」を用いた表現が気にいっていたようだ。
小艦隊は午後2時ごろジュアン湾に入った。
700名の兵士が上陸し、4門の大砲・弾薬箱・とりあえずの食料を陸揚げするのに3時間ほどかかった。
ジュアン湾は海岸のすぐ近くにオリーブ畑があり、そのかたわらに牧草地が広がっている。
ナポレオンは要所を選んで何名かの歩哨を立て、牧草地に夜営用のテントを張らせた。
それからカンブロンヌ将軍を呼んで、以後の数日分の糧秣調達を命じた。
カンブロンヌはすぐにカンヌに行き、市長に面会を求めて食料提供を要請する。
王党派の市長は言を左右にして拒んだが、相手の押しの強さにおじけづき、結局は3000人分の食料を提供することをしぶしぶ了承した。
(続く)