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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

    
第5章 ドミノ倒し
 
   11.興奮と混乱

 どよめきと歓呼のなかを、ベルリン馬車はチュイルリー宮殿の小門をくぐる。
 宮殿のなかで様子を窺っていた将軍、連隊長、士官などが「皇帝万歳!」と叫びながら、いっせいに飛び出した。
 柵の外につめかけていた物見高い群集も、馬車のあとを追うようにして駆け寄ってくる。
 馬車の前方、後方、側面は、十重二十重の人波でかこまれ、馬車の扉はいつのまにかもぎ取られてしまった。
 馬車のなかから、だれも外に出られない。
 軍人たちが剣を抜き、振りかざして、野次馬を遠ざけ、馬車から降りる皇帝を守らなければならなかった。

 ナポレオンは微笑を浮かべ、若い士官に引きずり出され、自分で歩くというよりは抱きかかえられるように宮殿の入り口に進んだ。
  愛用する
グレーのフロックコートを身に着けている。
 熱狂した群集もなだれ込むようにを追う。
 そのあまりの雑踏と混乱に危険を感じたコーランクールが、ラヴァレットの姿が目に入ると、大きな声で頼んだ。
 「きみが皇帝のまえに立ってくれ!」
 帝政期に郵便局長だったラヴァレットは、でっぷり肥満してるので防御壁として申し分なく、機転もきく。
 かれは人ごみをかきわけるようにしてナポレオンのそばに行き、その両手首をしっかり握ると、後ずさりしながら階段を昇りはじめた。
 ナポレオンはなかば目を閉じ、夢遊病者のように、ひっぱり上げられるままになっていた。

 ラヴァレットは前皇帝を書斎に導いた。  
 前夜までルイ18世が執務していた部屋である。
 ナポレオンは室内に入ると、夢からさめたような顔をした。
 室内を一瞥すると、昔は自分の副官だった男に向かい、ドアを閉めてこの場に残るように命じた。
 それからすこし考えて、コーランクールを呼んでくれとつけくわえた。
                                   (次章に続く)