Part 1 第一統領ボナパルト
第8章 戴冠式
7.レティツィアと妹たちの憤懣
ナポレオンがジョゼフとルイを引き立て、リュシヤンとジェロームをないがしろにしたことが、母親レティツィアの不興をかった。
お気に入りのリュシアンが冷遇されたことに、かの女はとりわけ不満である。
レティツィアはこのころローマに暮らしていたのだが、息子の成聖式・戴冠式のためにパリに行くべき時期になっても、出発しようとしない。
無言の抗議をしていたのだ。
いくども催促されて、ようやく思い腰をあげたが、休みながらゆっくりとしか進まない。
この気丈な母親は、結局、式典の当日になってもパリに到着しなかった。
ル−ブル美術館にあるダヴィッドの『皇帝ナポレオンの成聖式と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』には、レティツィアの姿も描かれている。
これは「とうぜん出席しているはずの」人物として、事後につけくわえられたもの。
芸術に許される嘘のひとつである。
レティツィアと同じぐらい、あるいはそれ以上に不満だったのは、ナポレオンの3人の妹エリザ、ポーリーヌ、カロリーヌである。
兄嫁ジョゼフィーヌは式典で戴冠する。
つまり、公式に皇后になる。
ジョゼフの妻ジュリーとルイの妻オルタンスも、夫の新しい身分のおかげで、これからは「殿下」と呼ばれる。
それなのに自分たちにはなんの称号も与えられない。
おまけに式典では、ジョゼフィーヌが身にまとう衣装の裾を支え持つように、とナポレオンに命じられた。
アーミンの毛皮で裏打ちされた重い真紅のヴェルヴェットの衣装の裾は、何メートルにも及ぶ長いものだ。
エリザ、ポーリーヌ、カロリーヌは、もし自分たちが皇妃の裾を支えなければならぬのであれば、自分たちのドレスの裾もだれかに持たせてもらいたいと駄々をこねた。
(続く)