Part 1 第一統領ボナパル、ト
第8章 戴冠式
8. 1804年12月2日
前夜からパリはひどく冷え込み道路に氷がはるほどだった
関係者は内心ひやひやしていた。
今日の即位式に参列する貴顕を乗せた馬車や、警護の者たちの馬が滑りはしないだろうか。
厳粛であるべき行列が、混乱なしに首都を横断できるだろうか。
夜が明けると、空は青みがかった灰色で、雨が降る気配はない。
冬のパリとしてはまずまずの空模様だった。
早朝からあちこちの聖堂で鐘楼の鐘が鳴りひびき、パリっ子の心を浮き立たせた。
多くの者が、成聖式・戴冠式にでる皇帝と皇后の行列をひとめ見ようと望み、沿道にビッシリと人垣をつくっている。
屋根にあがった者もいる。
この時代のパリには、まだ低層の建物が多かった。
教皇の一行が宿泊中のルーブル宮をでたのは午前9時。
白と赤を基調とする壮麗な衣服を身にまとったピウス7世は、8頭だての有蓋4輪馬車に乗っている。 この豪華なカロッスは、行列の最後尾に位置していた。
行列の先頭にたつのは、白いロバにまたがり金色の十字架をかかげる従者。
革命以後の十数年、宗教行列を見ることなどなかったパリの民衆は、白いロバに乗る従者に好奇の目を向け、陽気な笑い声をあげている。
そのあとで、カロッスのなかで祝福の身振りをする教皇の姿に気づいて、あわてて身をかがめるのだった。
午前10時、ピウス7世より1時間遅れて、ナポレオンとジョゼフィーヌの一行がチュイルリー宮をでた。
祝砲がとどろくなか先頭を行くのは、黒い駿馬にまたがるパリ軍司令官ミュラである。
幕僚8名と騎兵たちが従っており、その後にはアラビア風の衣装に身をかためたマムルーク騎兵たち。 ついでカンバセレス、フーシェ、タレーランなどの政府高官、皇族たち、外国政府の代表などが乗るカロッスが続く。
(続く)