Part 2 百日天下
第8章 内憂外患
3.さながらスパイ小説
1815年4月、メッテルニヒはひとりの男をフランスに送りこんだ。
ウィーンの銀行員の身分をもつその男は、パリに着くやいなやフーシェを訪問し、その筋から怪しまれた。
その筋とは警察大臣の所管になく、皇帝に直属する警察である。
フーシェをいまでは信用していないナポレオンは、その身辺をひそかに監視させていたのだ。
オーストリアから来た偽銀行員は、警察大臣の知らぬうちに逮捕され、厳しい尋問を受ける。
しゃべらなければ銃殺すると脅かされて、この密使はあっさり自白した。
「自分は、オーストリア宰相が見えないインクで書いた手紙をオトラント公爵(すなわちフーシェ)に届けた。双方の使いの者が近くバーゼルで密会するはずだが、相手を識別する方法も手紙に書かれていると思う」
これを聞いたナポレオンは、ただちにフーシェを呼び出した。
なにくわぬ顔で当面の内政問題についての意見を求めながら、ふと思いついたように、オーストリアと交渉することは可能だろうか、と探りをいれてみる。
なにも知らぬ警察大臣は、メッテルニヒから手紙を受けとったことなどおくびにもださない。
裏切りの確証を握りたいナポレオンは、ここで一計を案じる。
だれか適当な者をフーシェの腹心の部下ということにして、メッテルニヒの使いの者に会わせるのだ。
フルリー・ド・シャブロンを用いることにした。
2月にエルバ島まで来てフランスの政治状況を説明し、ナポレオンに帰国をうながした人物で、いまでは個人秘書になっている。
フルリー・ド・シャブロンは間もなくパリを発ち、バーゼルに赴いた。
フーシェ宛の手紙にある「ドライ・ケーニゲル・ホテル」に行ってみると、待っていたのはヴェルネルと名乗る男。
ヴェルネルの正体はオッテンフェルス男爵。ウィーンの司法関係者であった。
(続く)