Part 2 百日天下
第3章 ウィーン会議
2.会議は踊る
このときウィーンを訪れたセレブは、ロシア皇帝(ツァー)と皇后を筆頭に、国王4人、女王1人、皇太子2人、大公妃3人、王子2人。
王族と呼ばれる貴顕を含めれば、優に100人をこえる。
それに200以上といわれた各種代表団のメンバー。
代表といっても、各国を代表する外交官だけではない。国際的な著作権について合意をえようとする出版業者の代表。ライン川水運協会の代表、等々である。
フランスの元帥たちが自分の年俸を維持するために送り込んだ代表団まである。
あるいは文化人や興行師。さらには賭博師や高級娼婦。
当時のウィーン(だけでなく、ヨーロッパのどこの都市でも)に、現在の国連本部のように、すべての参加者を一同に集めることができるような、大きな会議場は存在しなかった。
したがって会議は分散され、王宮、いくつかの宮殿、宰相官邸、要人の私邸などでおこなわれる。
それでもすべての代表が会議場に入れたわけでなく、あぶれた連中は音楽界や競馬場にでかけ、あるいは郊外の森で狩猟をしたり、橇での遠乗りをして時間をつぶした。
主催国オーストリアが用意した模擬馬上槍試合や気球遊びなどのアトラクションを楽しむ者もいる。
夜になると観劇があり、ギャンブルがあり、舞踏会がある。
ダンス好きの人間にとって、当時のウィーンはまさに天国。
斬新で大胆でいくらかエロティックなダンスが出現していたのだ――ワルツである。
踊り手の身体が親しく触れあうワルツのスタイルは、これまでの踊りを古くさいものにみせ、爽快でセクシュアルな社交ダンスの世界をきりひらいていた。
メッテルニヒをはじめとして、各国の代表たちは夜ごとワルツを陽気に踊る。
「会議は踊る、されど進まず」という、機知にとんだ名文句が生まれたゆえんである。
(続く)