Part 1 第一統領ボナパルト
第2章 マレンゴの戦い
5.ダヴィッドの「美しい嘘」
ランヌ将軍の第一軍団が出発してから1週間後に、第一統領ボナパルトが山道を登りはじめた。
総司令官であるかれの位置は、主力部隊のしんがりである。
用心して馬でなくラバに乗っていた。
ラバは馬とロバの間にできた雑種で、悪路につよいといわれる。
しかるに、そのラバが足を踏み外し、ボナパルトは谷底にころげ落ちそうになった。
道案内人がとっさに手を伸ばしてつかまえなければ、一命を落としていたかもしれない。
ダヴィッドの「サン・ベルナール峠を越えるボナパルト」という有名な絵がある。
前脚をあげて逸る駿馬にまたがる颯爽とした将軍。
この絵のボナパルトはこちらを凝視しつつ、はるかな峠を指し示している。
ラバにしがみつく現実のボナパルトを描いてはいない。
芸術に許される「美しい嘘」である。
このダヴィッドの絵が、多くの本の表紙などに用いられ、後世にナポレオンのイメージを伝えるのに多大の貢献をした。
先発のランヌ部隊が北イタリアのイヴレアにたどりついたのは、5月22日。
アルプスを登りはじめてから9日たっていた。
フランス軍がアオスタ峡谷に出現したというニュースは、それから数日後にニースにいるメラスに伝わった。
オーストリア軍総司令官は、愕然とする。
やがて驚きからさめた老将軍は、敵がジェノヴァに向かうのを阻止しようとして、アレッサントリア周辺に自軍を終結させよと命令した。
(続く)
下の画像はジャン・チュラール『ナポレオン』(ファイヤール、1987年刊)の表紙。
画家ダイヴィッド
ナポレオンの時代に写真はなかった。かれの容姿を人びとが知ったのは絵画によってです。
その点で大きな貢献をしたのはダイヴィッド。
このすぐれた画家は写実的手腕のたしかさで、ナポレオンの顔かたちをフランス国民に効果的に
伝えました。
『サン・ベルナール峠を越えるボナパルト』や『書斎のナポレオン』には、この人物の鋭さやカ
リスマ性が見事に表現されています。
ルーブルにある『ナポレオンの戴冠式』(クイックしてください)には、この式典に出席した大勢
の人間が描かれてますが、その各人がだれかはすぐ見当がつきます。
ダヴィッドは肖像画家としても抜群の力量を持っていたのです。