物語
ナポレオン
の時代
パプロット農場に到着したおびただしい数のプロイセン軍が戦場になだれこんできたのは、この時である。
ツイーテン将軍率いる第3軍団だった。
とつぜん、フランス軍近衛兵が後退しはじめる。
不敗で知られる古参近衛隊の後退は、それを見た他の兵士たちに衝撃をあたえた。
「近衛兵が退却するぞ!」という驚きの声があがる。
パニックが全軍を襲った。
モン・サンジャンの楡の木のそばで戦況を見ていたウェリントンが、やおら愛馬コペンハーゲンを丘の先端まで進める。
ブレーヌ・ラルーの背後に沈みかけている夕陽が、馬上のイギリス軍総司令官のシルエットをくっきり浮かび上がらせた。
将軍は帽子を脱ぐと、片手で大きく3度ふりまわす。
「全軍、反撃せよ!」の合図だった。
それまで防戦におおわらわだったイギリス・ドイツ・オランダ・ベルギーの混成軍は、はじめて攻勢に転じ、立ち上がると「ノー・クオーター(容赦するな!)」の喊声を上げて追撃する。
フランス軍は総くずれになり、算を乱して逃げる。
ネー元帥は血と埃にまみれ、敗走する部下を制止しようとしてかなわず、絶望してどなっていた。
「フランスの元帥がどのように死ぬかをよく見ておけ!」
この混乱のなかでも、生き残った近衛兵たちはさすがに規律を保ち、すばやく方陣をつくって皇帝とその幕僚をとり囲み、ラ・ベラリアンスのほうにゆっくりと後退しはじめる。
ナポレオンは、敵軍の手にかかって死ぬことを欲したのか、方陣の外にとび出そうとした。
スルト参謀長が懸命に抑えながらいう。
「陛下、敵をこれいじょう喜ばせてはいけません!」
方陣がラ・ベラリアンスに達しても、敵軍の追撃はなお急であり、ジュナップまで行ってようやく方陣をとくことができた。
時刻はすでに11時をまわってる。
フランス軍は敗れた。
この日の死傷者の数は約3万人。
なおイギリス軍とプロイセン軍の死傷者は、それぞれ1万6千と9千だった。
(続く)