Part 1 第一統領ボナパルト
第2章 マレンゴの戦い
8.ドゥセが来た!
戦場の兵士たちは、つねに指揮官の顔色をうかがっている。
それを熟知するボナパルトは、敵弾が音をたてて飛んでくるなかでも、平然とした態度をくずさない。
なにも考えずに、ひたすら待った。
幕僚が近寄っていて、退却命令をだされたらいかがですか、と進言する。
銃弾も底をつきかけているし、いますぐ退却しないと挽回不可能な大敗を喫するのは必至です、と必死の面持ちでいう。
ボナパルトは聞く耳をもたない。
午後3時半ごろ、東のサン・ジュリアーノの方向にキラリと光るものが見えた。陽光にきらめく銃剣のようである。
じっと目をこらしてしたボナパルトはさっと立ち上がり、馬にまたがるやいなや叫んだ。
「予備軍がやってきたぞ!」
総司令官のこの言葉は、アッというまに戦場をかけめぐる。兵士たちの口から口へ、つぎつぎに伝わっていく。
崩れかかっていたフランス軍が踏みとどまった。みるみるうちに蘇生した。
六千の軍勢の先頭にたち、こちらに近づいているのは、まぎれもなくドゥセ将軍である。
ボナパルトからの命令がとどいたのが、午前11時。即座に部下を呼び寄せて、砲弾の音が聞こえる方角に馬を駆ったのである。
ボナパルト、その幕僚、ドェセ。かれらは馬にまたがったままで、短い話し合いをした。
ドゥセは「敵に向かってとびかかれ!」と声をかけると、馬の腹をけった。
砲兵隊を指揮するマルモンが、残っている大砲を急いでかき集めさせ、どっさの機転で前車をはずし、至近距離の敵に向けて砲弾を撃ち込ませた。
そこは葡萄畑だった。
ドゥセが馬からころげ落ちる。敵弾に当たったのだ。
部下が急いで駆け寄ったが、すでにこときれていた。
その間に、左翼に位置していたケレルマンの騎兵隊が動く。八百騎の胸甲騎兵と竜騎兵を率いて、小ケレルマンが葡萄畑をかけ抜け、稲妻のように側面から敵を襲った。
完璧なタイミングである。
オーストリア軍の陣形がにわかに崩れはじめる。 (続く)