Part 2 百日天下
第4章 鷲は飛んで行く
3.カステラーヌからディーニュへ
早暁5時半、ナポレオンは軍を率いて北に向かうコースをとった。
しばらく行くと、曲がりくねった上り道になる。
馬からおりて、手綱をとって歩まねばならない。
兵士たちは、4門の大砲を運ぶのに難儀している。
さらに進むと、右からも左からも、アルプスの峰が迫ってくる。
息を切らしはじめたナポレオンに、ドルオ将軍がそって杖をさしだす。
まだ45歳なのに肥満して腹が出ており、山道はこたえるのだ。
香水の産地で有名なグラースの町は迂回して、ひたすら先を急いだ。
マルセイユのマッセナ将軍が差し向けてくる部隊に出くわすまえに、できるだけ先に行っておきたい。
エルバ島からもってきた大砲は、残念ながら放棄せざるをえなかった。
サン・ヴァリエとエスクラニョールで小休止して、一行は日暮れ時にセラノンに着く。
兵士たちは夜営したが、ナポレオンはカンヌ市長の別荘に宿泊した。
翌・3月3日も早朝に出発。
道はあいかわらず峻険である。
このあたり一帯は「プレ・アルプス」と呼ばれ、前方に荒涼として岩肌が姿をみせるかと思えば、横の深い谷底には渓流が走っている。
しかし、景色を眺めている余裕はない。
もともと強行軍は、ナポレオン軍の得意とするところだった。
いまでは、司令官自身の体力がそれに耐えかねている。
昼前にカステラーヌに到着。
ナポレオンと側近の将軍たちは郡庁で昼食をとった。
上陸以来、はじめて行政機関と接触したのである。
幸いにも、とうに交代しているはずの新郡長がまだ赴任せず、これまでの郡長が職にとどまっていた。
この郡長は帝政期からの役人なので、一行の携行食糧を要求すると、すんなり応じてくれた。
夕刻にバレームに着き、治安判事の家に宿泊。
地元の名士たちの態度はおおむね好意的である。
3月4日昼ごろ、ディーニュの町に着いた。
(続く)