Part 2 百日天下
第7章 ナポリ王ミュラ
7.ジレンマ
このことを知ったナポレオンは、すぐにウジェーヌ・ド・ボーアルネーに手紙を書いて、ミュラの無責任さを批判した。
「ミュラは戦場では勇敢だが、政略に欠けるし冷静沈着でもない」
なお義理の息子ウジェーヌ・ド・ボーアルネーは、最後までナポレオンを失望させることをしないだろう。
とはいえ、ミュラの長所や短所を以前から十分に知っているナポレオンが、にもかかわらず後事を託したのが解せない。
あるいはベルティエやネーなどがそばにいれば、なんとかやれるだろうと判断したのか。
とすれば判断ミスである。
いずれにせよ、ミュラは強引に帰国した。
その口実にしたのは、自分の体調不良とナポリ国民への義務感である。
そもそもイタリアでは、ナポレオンのロシア遠征は、4万人ものイタリア人将兵が戦死・行方不明になっていることもあり、きわめて評判が悪い。
負けてしまった遠征軍の指揮をとったところで、ナポリ王としての威信が増すわけでもない。
端的にいうなら、労多くして益なしの任務に嫌気がさしたのだろう。
それに国もとの信頼できる臣下がよこした手紙によれば、王妃カロリーヌの存在感が日に日に大きくなっているらしい。
自分の留守中は摂政として国を治めてくれと頼んできたのだが、いまでは王に取って代わるほどの勢いだという。
不安にかられたミュラは帰心矢の如しの心境だった。
ワルシャワ公国から自国までは遠く、かれはほぼ3週間後の2月4日にようやくナポリに帰着した。
国民や廷臣たち、それにカロリーヌは、なにごともなかったように迎えてくれた。
すこし落ち着くと、義兄の反応が心配である。
ナポレオンに部下として忠勤をはげむこと。
ナポリ王として国民の安寧のためにつくすこと。
このふたつを両立させるのが至難の技でであることに、ミュラは今になって気づいていた。
(続く)