Part 1 第一統領ボナパルト
第8章 戴冠式
6. 兄弟間の不協和音
ノートルダム大聖堂での成聖式・戴冠式が行事日程に入るころから、ボナパルト家の不協和音が鳴り響きはじめる。
澱になって沈んでいたゴタゴタが、状況の変化で表面に浮上したのだ。
まず、後継者をめぐるさや当て。
元老院決議で世襲制が認められたことで、ナポレオンの男系の子孫に帝位継承権があたえられている。
養子縁組も承認されている。
くり返しになるが、この1804年の時点でナポレオンに子どもはいない。
弟ルイとジョゼフィーヌの娘オルタンスの間に生まれた男の子を養子に迎えるつもりのかれは、まずルイを「大元帥」という顕官に任じた。
同時に、バランスをとるためか、兄のジョゼフを「大選挙人」にする。
ジョゼフには娘が2人いるが、まだ息子はいない。しかし、これから生まれる可能性のある男の子に帝位継承権をあたえるというふくみである。
面白くないのは、リュシヤンとジェローム。
リュシヤンは早く妻を亡くし、すこし前に再婚していたが、相手は両替商ジュベルトンの未亡人アレクサンドリーヌ・ド・ブレシャン。
魅力的な女性だったが、財産も家柄もない。
ナポレオンはこの再婚に反対だったが、リュシヤンは兄の意向を無視して自分の意志をつらぬいた。
自分自身が、ジョゼフィーヌという、いちおう貴族ではあるが、子持ちで年上の寡婦と結婚したのに、弟たちの選んだ女性を認めないというのは、不公平かもしれない。
じつはナポレオンとしては、リュシヤンの再婚相手にエトルリアの女王を考えていて、その上でしかるべき地位につけるつもりでいた。
その目算が狂って立腹していたのだ。
ジェロームのほうは、まだ未成年なのに母親の同意を得ることもせずに、アメリカで結婚してしまい、これまたナポレオンの不興をかったいた。
相手は、エリザベス・パターソンというボルティモワの富裕な商人の娘である。
(続く)