Part 2 百日天下
第5章 ドミノ倒し
1.ドミノ牌のように
じつはナポレオンがリヨンに到着する数時間まえまで、ブルボン家やオルレアン家のプリンスたち、それにマクドナルド元帥などがこの都市にいたのである。
土壇場になって、かれらは逃げ出した。
時計の針をすこしまえに戻せば、枢密院書記長ヴィトロールの要請をいれて王弟アルトワ伯がパリを発ったのは3月5日の夜である。
国王の意向でオルレアン公ルイ・フィリップも渋々同行していた。
アルトワ伯は、ボナパルトがグルノーブルの国王軍に圧倒され、すでに捕まっているだろうとタカをくくってる。
3月7日にリヨンに着き、それがまったくそうでないのを知って狼狽し、マクドナルド元帥に助けを求めた。
マクドナルドはその名の示すようにスコットランド系であるが、フランス生まれのフランス人。
二十代で将軍になるほどの優秀な軍人で、現在は50歳である。
ナポレオンに仕えて元帥になったが、昨年ネーとともに主君に退位を進言した高官のひとり。
現在はブルボン王家に忠誠を誓っている。
リヨンに駐屯する国王軍は、戦列2連隊と竜騎兵1連隊。
リヨンはグルノーブルからもラフレからも遠くないし、そこで何があったかは兵士たちの耳に入ってるに違いない。
かれらの士気を見るために、アルトワ伯とマクドナルドは閲兵式をやることにした。
閲兵式は3月10日におこなわれ、初めにマクドナルドだけが出て将兵たちの敬礼をうけた。
そこまでは良かった。
式の途中から姿をみせたアルトワ伯がスピーチをはじめると、兵士たちはあからさまに反感を示し、そっぽを向いてしまう。
王弟は恥辱に顔を赤らめながら退席した。
その1時間後、マクドナルド元帥があわててやってきて、アルトワ伯とオルレアン公を駅馬車に押し込んだ。
2人のプリンスがナポレオンの捕虜になったら取り返しがつかない、と考えたのである。
駅馬車が無事に出たのを見届けてから、歴戦の勇士は愛馬にとび乗り一目散に逃げだした。
ドミノ牌が将棋倒しになるように、王の軍隊は瓦解しはじめた。
(続く)