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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第10章 ワーテルロー(上) 

   1.ドルオの意見

 あれほど執拗に降り続いた雨も、ようやくやんだ。
 霧もじきに上がるだろう。  
 大きな戦争はふつう夜明けにはじまるのに、6時に起きたナポレオンは兵を動かそうとしない。
 前日の大雨で地面がぬかるんでおり、大砲が泥濘にはまりこんで動けなくなるのをおそれたのだ。

 ナポレオンの戦術は、基本的には主要地点に火器を集中し激しい砲撃をくわえ、敵が弱体化したころに歩兵と騎兵を突進させるというもの。
 ところが、「大砲をなんとか移動させられるのは、あと数時間して地面が乾いてからです」と側近のドルオ将軍にいわれたのだ。
 大砲なしの戦争は考えられないので、ナポレオンは開戦時刻を遅らせることにする。
 とくに苛立ったふうでもない。
 8時には、このドルオや参謀長のスルトなどの幕僚と朝食をとりながら、「勝利は90パーセントこちらのものだ」などと語ってる。

 スルトが参謀長になったことは、じつは多くの人間を驚かせた。
 というのもナポレオンがエルバ島に流されたあと、この軍人はルイ18世の政府で陸軍大臣になったのだから。
 すこし前に陸軍大臣を辞したのは、皇帝のもとにはせ参じるためでない。
 ジュアン湾に上陸してから破竹の勢いで進軍するナポレオンを、国王軍はまったく迎え撃つこともできなかった。
 その結果スルトは陸軍大臣としての責任を問われたのだ。

 スルトの軍歴はなるほど立派で、アウステルリッツの戦いでは見事な指揮ぶりを見せた。
 しかし、なんといっても最近までブルボン王政の一翼を担った元帥である。
 ナポレオンはそれを百も承知の上で、おそらくは多額の報償を約束して自陣に引きこんだ。
 軍事的天才と評されるかれは、軍隊内の人事では意外に保守的で、年功序列を尊重した。

 スルトが加わったことで、元帥はダヴ−、ネー、グルーシーとあわせて4人である。
 この中で参謀長の最適任者はダヴーなのだが、陸軍大臣のポストから外すわけにいかない。
 代わりに陸軍大臣の任務をこなせる人間がいないのだ。
 ネーは性格的に不向き、グルーシーは最近元帥に昇格したばかり。
 スルトはいわば消去法によって参謀長になったのである。
                                 (続く