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物語 ナポレオンの時代

 プロローグ 
      ブリュメール18日のクーデタ


 端的にいうなら、クーデタが失敗しなかってのは、リュシヤン・ボナパルトの舌先三寸と派手なパフォーマンスのおかげだった。

 フランス(と限らず、ヨーロッパやアメリカ)では、聴衆は雄弁に聴きほれる。

  上手な話し手の言葉に感動し、その言に従う。
 だから、弁の立つ政治家は尊敬され、政界でも重きをなすようになる。

 では、ボナパルトはどうだったのか?
 ブリュメールの18日と19日に、かれが議会でやった演説の出来は悪かった。
 
議員たちを相手にスピーチしたことがなかったし、極度に緊張していたせいもある。

 しかし、部下の将兵を前にしたときには、見事なスピーチをした。
 3年前にイタリア遠征軍を閲兵したときには、こういった。
 「兵士たちよ、おまえたちは裸も同然で、飢えている。わたしは、おまえたちをこれから世界一豊かな平原に進軍させよう。 そこでは栄光と富がおまえたちを待っている。」

 1年前にエジプトに遠征したとき、カイロを攻略してピラミッドの見える場所までたどり着いたところで、ボナパルトは炎熱の砂漠に疲労した兵士にこう語りかけた。
 「4千年の歴史が、あの頂からおまえたちを見つめている。」

  将兵たちの心をつかみ、やる気をおこさせる言葉を使うすべを、この軍人にして政治家は若いときから心得ていたのだ。
 この時代のフランスの軍人たちのなかで、ナポレオンほどの言語能力をもつ者はほかにいない。
                                    (Part 1 第1章に続く) 

 

    弁が立つ