Part 1 第一統領ボナパルト
第4章 フランス vs イギリス
1.宿敵
コンコルダの公布式典がおこなわれる3週間ほどまえ、パリから北に150キロほど離れたある小都市で、重要なとりきめが英仏間で交わされていた。
「アミアンの和約」が結ばれたのだ。
この条約によって、フランスとイギリスがしばらくぶりに握手した。
その意義は大きい。
隣り合う大国というのは、たいてい仲が悪い。
百年戦争の昔から、フランスとイギリスはいくども戦ってきた。
直近の50年に限ってみても、七年戦争やアメリカ独立戦争で敵味方にわかれて争った。
だから1789年にフランス革命が起きたとき、イギリスの首相ピットは内心ほくそ笑んだ。
ライバル国に内紛が生じるののは、歓迎すべきことである。
「ここしばらく、あの国と戦争することもないだろう」
そう考えて、イギリス艦隊の水兵の数をへらすように命じたくらいである。
ピットの予想は外れた。革命後のフランスは、さまざまな事情から、対外的に好戦的になったからである。
1792年に、フランスはオーストリア領ネーデルランド(ベルギー)に侵攻した。
ピットは緊張する。
イギリスからみて、海峡のむこうのヨーロッパでもっとも近いのは、フランスを除けば、ベルギーとオランダである。
国防上なにより大事なのは、大陸からの侵攻を防ぐこと。
このためには、ベルギーとオランダはいかなる時にも政治的に独立していなければならない。
イギリスの外交はそれを可能にするべくつねに全力をあげてきた。
しかるに、ネーデルランドがいまや危機に瀕している。
もしフランスと戦ったら、勝ち目はあるのか?
自国の海軍はつよい。海上での優位には自信がある。
問題は陸軍である。
イギリスの人口は多くない。フランスとくらべると、相当に少ない。
フランスが1800年の時点で約3300万人なのに、イギリスは1600万人に過ぎない。
この人口比は兵員数にはねかえるし、おまけにイギリスには徴兵制もない。
というわけでイギリス陸軍は、ボナパルトの率いる陸軍よりもかなり弱い。
(続く)