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物語
ナポレオン
の時代

       Part 2  百日天下

   
第13章 亡命 

   4.むなしく待つ

 
 じつはカルノから忠告されるまえに、ナポレオンも一度はアメリカに渡る気になって、海軍大臣ドクレにフリゲート艦2隻の手配を依頼していた。
 なぜ2隻かといえば側近や随員、その家族さらには従僕や料理人まで連れて行くつもりでいたのだ。
 それに対する臨時政府から回答は6月26日に届いた。
 海軍省が2隻のフリゲート艦をロシュフォール港に用意するという。
 ロシュフォール港までの移動中の安全は、ベケール将軍の警護隊が責任をもつ。
 ただしフリゲート艦は通行免状が交付されるまで出港できない、という但し書きがついていた。

 「通行免状」を出すのは連合国側であるから、それを申請すれば「前皇帝が国外に出ますよ」と知らせることになる。
 フーシェは前皇帝が海上で拿捕されてはいけないという口実で、ナポレオンのロシュフォール港からの出帆を予告したのである。

 ナポレオンはそこまで察知できず、マルメゾンでのんびり時を過ごしていた。
 城館の庭園を散歩し、ジョゼフィーヌの部屋に行き、かの女とともに生きた輝かしい統領時代や帝政期を思い出していた。
 かと思えば、ベッドに横になって、アメリカやメキシコについての本を読む。
 なにを待っていたのか?  群衆の蜂起か? 軍のクーデタか?
 それとも連合軍とフランス軍のパリ攻防戦か?

 母親レティツィアと叔父のフェシュ枢機卿が訪ねてきた。
 ヴァレフスカ伯爵夫人も、ナポレオンとのあいだに生まれた子どもを連れて会いにきた。
 マルメゾンに移ってから4日目、ナポレオンはしびれを切らしたように軍服を身につけると、ベケール将軍を呼んで口述した。
 「パリに迫っているブリュッヘル軍を撃退するために、わたしが一将軍の資格で指揮をとるのを許可してもらいたい。敵軍を撃退したあとは、かならずアメリカに行くことを約束する」
                                        (続く)