物語
ナポレオン
の時代
これを書面にしてベケール将軍がチュイルリー宮に持参すると、フーシェはかんかんになって怒った。
「われわれを馬鹿にするつもりか!」
カルノの顔にある表情が浮かぶが、すぐ消える。
やらせてみたらよい、と一瞬思ったようである。
コーランクールは無言だった。
フーシェは連合軍とこれ以上戦うことはできないと判断している。
ダヴーが「パリ防衛は不可能だ」といっているし、それはその通りであろう。
戦わないだけでない。
かれはウェリントン将軍に密使を送り、フランスのつぎの統治者についての意見まで求めた。
ワーテルローの勝者は軍人らしい率直さで「正統王家のルイ18世が国王に戻るのを期待している」と、じきに返事をしてきた。
フーシェはそれを予期していたし、この提案を受け入れるしかないと考えている。
しかし、ことを慎重に運ぶ必要があるだろう。
外国軍の司令官の意向でつぎの政府が決まったと分かれば、議会や軍部ははげしく反発する。
議員たちはブルボン家の復活に反対だし、軍人たちはパリ決戦を望んでいる。
議員の多くは自由主義者かネオ・ジャコバンなので共和政権を望んでいる。
ところが、万人の認める指導者がいない。
ローマ王(ナポレオンの息子)に摂政をつけて立憲君主制の移行するという案も出た。
が、それには連合軍が反対するだろうし、そもそもオーストリア政府がローマ王をパリに送り返してくるはずがない。
オルレアン家のルイ・フィリップの擁立も検討された。
しかし、本人にひそかに当たってみると、その気のないことが分かった。
これを要するに、議会は新しい統治者を見つけられないでいる。
そこがフーシェのつけめだった。
時期をみて既成事実をつきつけ、うむをいわせずルイ18世の復位を認めさせる。
その腹づもりでいたところに、ナポレオンからの書面が届いたのであった。
(続く)