物語
ナポレオン
の時代
フーシェはフランス語でいえばレジシッド(国王殺し)である。
革命時にルイ16世の処刑に賛成したという過去をもつ。
ブルボン王家が復権すれば、自分が王党派からどのような目で見られるか。
かれはそれを承知しており、そうした場合に備えて手も打ってあった。
ルイ18世の側近ヴィトロール男爵に恩を売って、手の内の駒にしておいたのだ。
数日まえに自宅に男爵を招いたフーシェは、まわりくどい表現で打診した。
「ブルボン家を再復活させるために努力するのはやぶさかでない。かりにうまく行ったら自分をしかるべく処遇してもらえるか」
感触は上々だった。
会談は和気あいあいの雰囲気のなかで終わる。
こうして20年まえのレジシッドは、後顧の憂いなくルイ18世の復位を画策できるようなった。
「パリに迫ったプロイセン軍ともう一度戦いたいので、指揮をとらせてほしい」というナポレオンからの希望はこのような状況下に届いた。
フーシェにとっては迷惑以外のなにものでもなく、きっぱりと拒否した。
ベケール将軍からそれを聞いたナポレオンは驚いた様子で、こう呟く。
「あの連中は、人の心がどう動くのかわかっていない。わたしの名前は将官・兵士に大きな影響力があるのだ。あとになって悔やむことになるだろう」
この日の夕刻、前皇帝の一行はマルメゾンを出発した。
ようやくフランスを離れる決心がついたのだ。
平服姿のナポレオンが幌つきの軽四輪馬車に乗り込み、ベケール将軍、ベルトラン将軍、ロヴィゴ公爵が同乗した。
ラルマン将軍、グルゴー将軍、ラス・カーズなど他の多くの部下が、べつの馬車で後を追う。
これらの随行員のなかで軍人でないのはラス・カーズだけであるが、この人物は以後の展開で重要な役割を演ずることになる。
一行はランブイエ、トゥールを通過して、7月1日にニオールに到着。
そこで兄のジョゼフ、ベルトラン夫人、モントロン夫人、相当数の召使いなどが合流する。
かれらの馬車が目的地ロシュフォールに着いたのは7月3日だった。
(続く)