Part 2 百日天下
第2章 脱出
4.島を出るという考え
エルバ島にくすぶっているとはいえ、ナポレオンはフランスを取り巻く政治状況に通じていた。
政界にも軍部にも忠実な部下は残っていて、さまざまな手段を講じてニュースを送ってくる。
若いときから、インテリジェンスは重視してきた。
フランスからくる情報だけに満足せず、腹心の手下チプリアーノなどをヨーロッパ各国に潜入させ、知りたいことをさぐらせている。
2月の中旬、フルーリ・ド・シャブロンという男がとつぜん面会を求めてきた。
すこし前までシャンパーニュ地方の副知事であった人物で、ひそかにエルバ島に渡ってきたという。
ナポレオンははじめ警戒するが、マレとのあいだで取り決めてあった一種の「合言葉」を、この男は知っていた。
会ってみると、元副知事は自分を崇拝する人間であり、帰国を懇請するために来島したことが分かる。
復権したブルボン王家や貴族連中は、無能でありながら傲岸不遜である。
その反動的な政治姿勢に、フランス国民は失望している。
ルイ18世は、皇帝を「王位簒奪(さんだつ)者」と呼び捨てているし、フォンテーヌブロー条約で決められた200万フランを支払うとは、とうてい思えない。
軍人たちは大きな不満を内攻させている。
士官の多くは予備役にまわされ、給与を半分にへらされた。
将兵は帝政期の栄光を懐かしみ、昨年の8月15日には多くのの兵営が皇帝誕生日を自主的に祝った。
などなど、フルーリ・ド・シャブロンは熱弁をふるってナポレオンを説得しようとした。
じつをいえば、かれ自身がとうに決意し、その方法まで考えはじめていた。
というのも財政難は深刻だし、島に留まっていてもマリー・ルイーズやローマ王がやってくる見込みはなくなったからだ。
ルイ18世は暗殺者を送り込んでくる。
連合国は自分をヨーロッパから遠く離れた場所に移そうとしているらしい。
問題は、エルバ島をいつ出るべきか。
ナポレオンは目の前にいる男には、4月ころまでに帰国できればよいのだが‥‥とほのめかす。
実際には、翌週にも動くつもりだった。
(続く)