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物語
ナポレオン
の時代

       Part 3 セント・ヘレナ

   
第2章 ロングウッド 

   3.随員の役割

 全員がロングウッドへの入居をおえると、ナポレオンは随員たちそれぞれの役割を決めた。
     渉外            ベルトラン将軍
     物品管理           ラス・カーズ
     秘書兼厩舎係         グルゴー将軍  
     執事            モントロン将軍  

 渉外というのは、主としてイギリス側との折衝を意味する。
 生活上の不満を伝えたり、待遇の改善を要求したりする。
 客観的にいえばナポレオンは囚人であり、イギリス側は監視役である。
 その関係は対等でなく、外交官でないベルトランにとってこの任務はしばしば手にあまった。
 物品管理とは、一行がフランスから持参した多数の食器類と少数の家具、それにイギリス側から貸与された物品のすべての一覧表をつくり、もれなく保管することである。
 ロングウッドの厩舎には乗馬用の馬が数頭飼われており、馬車も2台ある。
 それらをいつでも使用できる状態にしておくのが、グルゴー将軍の役回りである。
 それ以外にも、ナポレオンの副官としての雑用もこなす。
 モントロン将軍の任務は、召使いたち全員を束ねるとともに、食料品などの生活必需品を買い入れること。
 これはベルトラン将軍の担当する「渉外」とならぶ重要な役目といえる。

 ところで、モントロンとはいかなる人物なのか?
 生まれはよく、古い由緒ある貴族の出で伯爵である。
 年齢は32歳でまだ若く、ラス・カーズやベルトランより10歳ほど年下で、グルゴーとほぼ同年配。  はじめ軍人になり、つぎに廷臣。さらに外交官に転じたが、2度の離婚歴のある女性(現夫人アルビーヌ)に夢中になり、結婚した。
 この結婚により外交官としての経歴に傷がついたモントロンは軍隊に戻るが、所属する部隊の経理問題で不正行為を疑われて、任地を離れている。
 生まれの良さを感じさせる容貌と洗練された物腰。
 加えて頭が切れ、弁もたつ。
 が、どこかしら堅気でないところがあり、随員のなかでは毛色の変わった男だった。
                                     (続く

 当時(すなわち、今から200年まえ)は、自動車はおろか自転車すら存在しませんでしたから、徒歩よりも速く(そして楽に)地上を移動するには、馬あるいは馬車に乗るしかありません。
 従って、馬と馬車が生活のなかで占める位置はきわめて大きく、所有者の富と社会的地位を示すものでもありました。
 つまりは、ステータス・シンボルです。
 そのメンテナンスの仕事は重要ですから、専従者がいてとうぜんでした。