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物語
ナポレオン
の時代

    Part 1  第一統領ボナパルト

   
 第5章 陰謀

  1.拉致・暗殺の実行計画

 
 アミアン条約が破棄されたから3ヶ月ほどした1803年8月20日。
 数名の男が一艘のイギリス船でひそかにフランスに渡った。シュアン(ふくろう党)の指導者カドゥーダルとその部下たちである。
 カドゥーダルのポケットにはイギリス政府からもらった潤沢な活動資金が入ってる。
 かれらが上陸したのは、ノルマンディー半島のビヴィルという荒涼たる海岸。絶壁の下にあり、昼でも人がくることはめったにない。
 人目につかぬように慎重に移動した一行は、9月の初めにパリに潜り込んだ。

 カドゥーダルが計画しているのは、第一統領を拉致すること。それができなければ暗殺すること。

 実行の段階では、ブルボン家のしかるべきプリンスを擁立する。王族の一人をかつぐことで、国家元首の拉致あるいは暗殺が、犯罪でなく名誉ある行動になる。

 それから数ヶ月たった翌年1月、同じ場所に、やはりイギリス船で何人かのフランス人が着いた。
 下船したのはピシュグリュ、リュシヨン、ラジョレなど。
 出迎えたカドゥーダルは目を凝らしてだれかを探していたが、失望のうめき声をあげた。一行のなかに王族のだれひとり見当たらない。
 ボナパルトを拉致・暗殺することの大義名分が、これでは立たない。
 実行計画はこの段階で白紙に戻されもよかった。
 カドゥーダルにはそのふんぎりがつかない。これだけ同志の数がふえてしまうと中止するのが難しい。
 ピシュグリュは王党派の元将軍。
 リュシヨンは王族アルトワ伯の側近。
 ラジョレはモロー将軍の元副官。
 いずれもロンドンで亡命生活を送りながら、ボナパルトを倒して王政を復活させる陰謀をめぐらしてきた者たち。

 イギリスの官憲はかれらの企てを察知しながらも、自由に泳がせてきた。
 それだけでなく、これと見込んだ者(たとえばカドゥーダル)には金銭的援助もおこなってきた。
 ボナパルトの敵はイギリスの味方になるからだ。
                             (続く