Part 1 第一統領ボナパルト
第3章 コンコルダ
10.テロの実行犯
フーシェは現場に四散していた馬車や馬の残骸を探させることからはじめた。
見つかったものすべてを綿密に復元させる。
それから馬車や馬の持ち主がだれで、どんな相手に売ったのか、または貸したのか。
そうしたことのすべてを調べさせた。
自分でもあちこち歩き回り、聞き込みをした。現代の警察小説にでてくる刑事そこのけの緻密な捜査ぶりである。
その結果、問題の荷車を買った者がぼんやりと浮かび上がってきた。容貌、身長、服装などがつかめたのだ。
警察省のフーシェの部屋には、密偵や匿名の情報提供者から入手したデータが整理・分類されて、しまいこんである。
サン・ニケーズ街事件の犯人像と結びつくものを根気よく探すと、ホシがふくろう党員らしいことがわかった。
男を逮捕して尋問したところ、共犯者がふたりいることも判明した。3人ともカドゥーダルの手下である。
あの12月24日の晩、かれらのひとりがパン屋の少女を12スーで雇い、荷馬車の手綱をもたせた。 しばらくして、仲間の合図を目にすると、樽の導火線に火をつけて立ち去る。
少女を雇ったのは、荷馬車だけが止まっていると怪しまれるからであろう。娘がいれば道幅がその分せまくなり、第一統領の馬車がスピードをおとすだろう、という読みもあったようである。
冷酷な計算である。
他のふたりの実行犯の役割は、チュイルリー宮殿とサン・ニケーズ街の間に適当な間隔をおいて立ち、馬車が近づくのを順次合図して知らせることだった。
ボナパルトの馬車の速度が予想以上に速かったのか(御者が酔っていたという説がある)。それとも、導火線がこの夜の霧でしめっていたのか。
いずれにせよ、爆破のタイミングがずれた。犯行計画が粗末だったのだ。
これらすべてを調べあげてから、フーシェは第一統領に報告に行った。
詳細な事実をつきつけられて、ボナパルトは自分が見込み違いをしていたのを認めざるをえない。
犯人はジャコバンでなく、王党派であった。
認めざるをえないことが、もうひとつある。目の前に立っている警察大臣の有能さである。(続く)