Part 2 百日天下
第5章 ドミノ倒し
7.パリから逃げ出す
しかし、議員たちの感激は長く続かない。
パリに進軍するナポレオンの兵士たちの軍靴の音が、日一日と高くなっていたのだ。
とりわけネー元帥が寝返ったというニュースは、ルイ18世と側近たちに衝撃をあたえた。
「勇者のなかの勇者」こそがナポレオンを撃退してくれる。だれもがそう信じていたからである。
国王は苦々しげにつぶやく、「情けないやつだ! 名誉心がないのか!」。
そばにいたマクドナルド元帥が叫んだ。
「まさかそのようなことはありますまい。元帥は名誉を重んじる男です。きっと部隊にそむかれたか、引きずられたのでしょう」
王の甥ベリー公が冷たくいう。
「いや、そうではない。ネーが部隊をボナパルトのもとへ導いたのだ」
枢密院書記長ヴィトロールは、もはや勝ち目はなくなったと判断し、王の一族をパリから脱出させることを考えはじめる。
なぜ脱出させるのか?
国民軍はしょせん民兵なので、その戦闘能力に多くを期待できない。
応募してきた志願兵は、あまりに少数。
半俸軍人の召集も検討してみたが、俸給を半分にされた軍人が、皇帝軍と真剣に戦うとも思えない。
要するに、パリで迎え撃つ兵力が乏しい。
それに加えて、首都の労働者たちが騒ぎ出すおそれもある。
警視総監ブーリエンヌは、治安維持に責任をもてないといってきた。
パリにこれ以上留まっているのは危険なのだ。
では、どこへ行くのがよいのか?
ヴィトロールの頭にあるのは、王党派の昔からの拠点ヴァンデ地方である。
が、マルモン総司令官は王がヴァンデに逃げることに反対した。
ヴァンデ地方が悪いというのでなく、王がパリを捨てること自体に反対だというのだ。
「チュイルリー宮殿の守りを固め、ここでナポレオンと戦うべきです」と、かれは主張した。
マルモンはナポレオンのいわば子飼いの部下であり、マレンゴなどの戦役で勲功をたてたが、帝政の崩壊に際して決定的役割を演じた。
いまは王によって貴族院議員に補され、王室軍の総司令官の地位にある。
チュイルリー宮殿を要塞化して戦うというアイディアは王の気に入らず、マルモン総司令官の提案はしりぞけられた。
(続く)