Part 2 百日天下
第1章 エルバ島
2.忠誠なる近衛兵
退位に際してナポレオンが連合国と交わした条約で、エルバ島では400名の守備隊をもつことが許されている。
守備隊兵士は近衛部隊から選ばれることになったが、人選が難しかった。
志願者が多く、直訴してくる者もいる。
殴り合いの喧嘩まではじまった。
近衛兵になるには、5年以上の軍歴、戦場での武勲、身体の屈強さなどが必要である。
それだけでなく、兵種によって多少の違いはあるが、平均して5ピエ(約1.76メートル)以上の身長がなければならない。
近衛部隊の最高指揮官は皇帝自身である。
俸給はたいへんよく、一般兵士から嫉妬されていた。
ナポレオンは近衛部隊を大事にして、戦場でもギリギリのときまで投入しない。
要するに、近衛兵は軍のなかのエリートであり、皇帝との間には精神的な絆のようなものがあった。
結局、エルバ島に行く近衛兵は5割ふやして600名にしなければならず、連合国もそれを追認した。
その選ばれた600名は、カンブロンヌ将軍に率いられ、1814年4月中旬にフォンテーヌブローを出発する。
先頭を歩むのは、鼓手と軍楽隊。
沿道の住民たちは、どの町でも、どの村でも、皇帝の近衛兵たちの行進を見たがった。
整然と縦隊をつくったかれらは、リヨンからシャンベリーに向かい、モン・スニ峠を越えてイタリアに入り、ピエモンテの平原を南下して、5月の中旬に、リグリア海に面する港町サボナに到着した。
フォンテーヌブローからサボナまでの千キロの行程を、一ヶ月かけて踏破したのだ。
サボナ港で5隻のイギリス輸送船に分乗して、近衛兵600名はエルバ島にわたる。
ポルトフェライオに入港したのは、5月26日のことである。
近衛兵たちはひげをそり、身づくろいし、ゲートルをつけてから、船をおりた。
エルバ島の大地を踏んだ瞬間、かれらの顔がクシャクシャになった。
埠頭に、皇帝が喜びに顔を輝かせながら立っているではないか。
(続く)