Part 2 百日天下
第1章 エルバ島
3.ミニ国家の統治者
ナポレオンはエルバ島に落ちつくとすぐ、馬で視察に出かけた。
島民たちは皇帝に気づくと立ち止まり、うやうやしく脱帽して見送る。
この島はかれの故郷コルシカ島の東50キロに位置し、東西が約30キロ、南北が約20キロぐらい。 わが国でいえば、小豆島より大きく、淡路島より小さい。
面積だけで比較するなら、石垣島ほどの大きさである。
当時のエルバ島人口は12,000人程度(現在はおよそ30,000人)。
古くから鉄鉱石の産地として知られ、この1814年においても島の重要な資源であった。
ナポレオンは早速リオ・マリーナにある鉄鉱山の採掘所を訪れ、支配人から報告をうける。
視察のために移動しながら島の道路のひどさに気づき、帰るとすぐに整備と拡張を命じた。
到着したばかりの近衛兵に島の壮丁を加えて守備隊を編成させ、その訓練と教育も命じた。
そうしたもろもろのことに必要な費用を、どこから捻出するのか?
島の乏しい歳入でまかなえると思っていたのか?
かれの住居として選ばれたのは、港を見下ろす高台にあるムリーニ邸である。
小さな庭のついた屋敷で、さほど多くない部屋の壁にはひなびたフレスコ画が描かれている。
あまりに手狭なので、二階部分を増築させ、舞踏室を新しく作らせた。
退位したとはいえ皇帝の住む邸宅としての体裁を整えたかった。
島を訪問する客は意外に多い。
コルシカはもとより、イタリア本土からも、物見高い見物人がやってくるのだ。
なんといってもナポレオンは有名人であり、失墜した君主は人びとの好奇心をそそる。
かれは機嫌よく客に応対し、これはと思う相手(たとえば政治家など)は食卓に招く。
とりわけ英国人には愛想がよかった。
かれらから情報を引き出したいのである。
まだ45歳なのに、ナポレオンの髪は薄くなり、腹が突き出しかけていた。
ブリュメール18日のクーデタのときの、痩身で鋭い目つきの将軍とは別人のようである。
ぼってりと肥ったこの中年男を目にして、訪問客の多くは少なからず驚いたらしい 。
(続く)