物語
ナポレオン
の時代
プロローグ ブリュメール18日のクーデタ
問題の憲法(正式には「共和暦3年フリュクティドール5日の憲法」と呼ばれる)は、ごく単純ないいかたをすれば、「恐怖政治」はもういやだという政治家の発想からつくられていた。
言い換えれば、この憲法は政府をなるべく弱くしようとしている。議会に反対されれば、行政府はなにもできない。
他方、議会が独走することもできない仕組みになっている。たとえば、両院の議長は1ケ月ごとに交代しなければならない。
ときの行政府は「総裁政府」であるが、5人の総裁で構成されていた。総裁のひとりであるシエイエスが、「どうしても憲法を改めなければならない」と決心する。
シエイエスは『第3身分とはなにか』という本を書いて、フランス革命の幕をひらいた男である。
ところが、憲法を合法的に改めるには複雑きわまりない手続きをふまなければならず、事実上ほとんど不可能であった。
クーデタをやるしかない。いきなり非常手段に出るようようだが、2年前には「フリュクティドールのクーデタ」があったし、1年前には「フロレアルのクーデタ」があった。
この時期の政治家は、クーデタに慣れて鈍感になっていたのかもしれない。
シエイエスは思案した。
「クーデタには頭と剣がいる。自分が頭になるとして、剣はだれがよいか?」
評判の高い将軍の何人かに慎重にあたってみた。ベルナデットには逃げられてしまう。マクドナルドはそっけなかった。ジュベールはイタリアであっさりと戦死した。
それならばと、モロー将軍をくどいてみた。たまたまボナパルトがエジプトから帰国した直後である。
「かれはわたしより上手にあなたがたのクーデタをやってのけますよ」
モローは皮肉な微笑を浮かべながらそういうと、席をたって帰ってしまった。
というわけで、シエイエスはボナパルトと組まざるをえなくなる。 (続く)