Part 2 百日天下
第3章 ウィーン会議
5.ジェノバからの電報
3月7日の早朝、メッテルニヒは従僕から至急電報を手渡される。
前夜、ザクセン王国の領土問題の詰めで5大国の会議があり、深夜までかかった。
かれがベッドに入ったのは、午前3時ごろである。
「よほどのことがないかぎり、起こさないでくれ」と召使にいいつけておいたのだが、「至急」と上書きされているのを見て気を利かせたのだろう。
時計をみると、まだ6時。
差出人は、ジェノバ駐在のオーストリア総領事。
たいしたことではあるまいと判断したメッテルニヒは、電報をナイトテーブルの上に放り投げて、暖かい毛布のなかにもぐりこむ。
しかし潜在意識がはたらいたのか、すぐにまた目が覚めた。
ジェノヴァはリグリア海に面する港町で、エルバ島に近い。
電報に手をのばして開封した。
「先刻ジェノバ港に着いたイギリスのキャンベル監視委員によれば、ナポレオンがエルバ島から姿を消したとのこと。
キャンベル委員は、ジェノバでナポレオンを目撃した者がいないかどうか調べたが、見かけた者はいないらしい。
イギリスのフリゲート艦はただちにジェノバ港を出た」
メッテルニヒの眠気はけしとぶ。
皇帝にこのニュースを伝えるために、急いで衣服を身につけ、ホーフブルク宮殿に駆けつけた。
宮殿に着いたのは8時ごろ。
早起きのフランツ1世はすでに執務室で机に向かっていた。
宰相からことの次第を聞くと、皇帝は手をのばして電報を受け取り、長い顔をかしげながら黙読する。
そのあとゆっくりとした口調で「ロシア皇帝とプロイセン王にもこのことを知らせなさい」と命じた。
(続く)