物語
ナポレオン
の時代
いわば最後通告をつきつけられたナポレオンは、いきり立つ。
「そういうことをいうなら、わたしは退位しない」
きのう一日なにもいわず影が薄かった兄のジョゼフが、このときは弟をなだめた。
ラヴァレットやサヴァリのような側近中の側近、コーランクールやルニョーのような忠実な大臣たちも言葉をつくして主君をさとした。
ほとんど全員が口をそろえて、ここは退位するしかないでしょうと忠告する。
正午すぎ、ナポレオンは声明文をリュシヤンに口述して書き取らせ、それに目を通してから署名した。
息子ローマ王に帝位を譲って自分は退位する、という内容である。
一通をカルノに託して貴族院に届けさせ、もう一通は、すこし考えてからフーシェにもたせて代議院に送る。
「百日天下」はこうして終わった。
議会ではフーシェの提案で、権力の空白を避けるために執行委員会が設置された。
代議院から3名、貴族院から2名選出された委員たちは、状況からいって事実上の臨時政府のメンバーである。
5名は少ない感じもするが、20年まえの総裁政府も5名で構成されていた。
投票が行われて、代議院からカルノ、フーシェ、グルニエ将軍が選ばれ、貴族院からはコーランクールとキネットが選ばれた。
ラファイエットは入っていない。
なるほどかれは知名度が高く、その経歴も華々しい。
ナポレオンを蹴落とすには、それ相当のビッグネームが必要なので、フーシェはこの名門貴族をたくみに利用した。
しかし臨時政府のメンバーになられてはやっかいだ。
顎で使うことのできない男なのだ。
ラファイエットは鼻っぱしがつよく、どこかしら態度が尊大で一部の議員たちの反感をかっていた。
代議院から3名ということになれば、おそらくそのなかに入るまい。
フーシェはそう読んでいたし、また息のかかった議員をそそのかして排除工作もしている。
結果は、かれの狙い通りになった。
(続く)