本文へスキップ

物語
ナポレオン
の時代

       Part 3 セント・ヘレナ

   
第2章 ロングウッド 

   1.集団生活のはじまり

 ロングウッドの居宅は簡素な造りであり、とりわけ増築された部分は安普請だった。
 ただし部屋数だけは多く、30室以上もある。

 ベランダのついた玄関を入ると応接室があり、ここは訪問客の待合室として用いられることになった。
 奥のサロンが接客用の部屋になる。
 その先は横に長いダイニングルームで、部屋の真ん中に大テーブルがすえられている。
 ダイニングルームの向かって左が図書室。
 右側の二部屋がナポレオンの執務室と寝室になった。

 ここまでを平面図にすると、およそTの字のかたちになる。
 Tの横の線が以前からあった建物の部分で、縦の線が増築された部分である。
 増築されたのはこれ以外にもあり、Tの上に小文字の h をひっくり返して乗せたように伸びているのが、新しく加わった部分である。
 この両棟は部分的に2階建てになっていて、そこの各部屋に随員やその家族、召使い、医師、当直のイギリス軍士官などが住むことになった。

 ここに小事件が起きる。
 ベルトラン将軍が「このような居住条件は受け入れられない」と宣言し、2キロほど離れたハッツゲートに暮らすことを選んだのだ。
 全員が意表をつかれ、なにもいえない。
 この別居は熟慮の上のことらしく、将軍は借りてあった2階建ての粗末なコテージに妻の
ファニーや子どもたちを連れて、さっさと移ってしまった。

 ベルトランは温厚篤実な性格で、主君にあくまで忠実な軍人である。
 いまセント・ヘレナ島に来ている随員のなかで、ナポレオンのエルバ島生活をともにしたのはかれだけだった。
 今回は思うところあって、プライバシーを優先させたのだろう。
 これを知ったナポレオンは、ベルトランの説明をろくろく聞こうともせずに、不機嫌になり厭味を口にした。
 元来わがままではあるが、この側近に頼る気持ちがそれほどにも大きかったのかもしれない。
                                                     (続く

 ベルトラン将軍夫妻は円満なカップルでしたが、夫人のファニーからみると夫は皇帝に尽くしすぎでした。
 献身的に尽くしているのに、皇帝は正統に評価してくれない、とかの女は思ってます。  
 セント・ヘレナ島に来ること自体にファニーは反対でしたし、ロングウッドで大勢の人間といっしょに暮らすことも厭だったのでしょう。
 なお、ベルトラン夫妻が3人の子どもを島に連れてきていることも考慮にいれるべきでしょう。