物語
ナポレオン
の時代
ナポレオンが起きるのは、6時から7時ごろ。
ベッド脇の小卓でコーヒーをブラックで飲み(これが朝食)、それから洗面にかかる。
このとき上半身裸になって、召使いに背中や肩をブラシできつくこすらせるのが長年の習慣である。
それから侍医オマーラの診察をうけ、しばらく談笑。
オマーラはイギリス海軍の軍医であるが、イタリア語とフランス語を話せるために気に入られ、いまでは主治医になっている。
つぎに、天気がよければ馬に乗って近くをぶらぶらする。
悪天候の日は、建物の周辺をすこし歩く。
午前10時ごろに昼食をとる。
ひとりのこともあり、庭の小さなカシの樹のそばで側近と会食することもある。
食後は、口述の仕事。
当初は2時間から3時間は口述したが、しだいにその時間が短くなり、やがて昼寝がそれにとって代わることになるだろう。
午後2時前後に、毎日のように湯を沸かさせる。
ゆっくり入浴したあと、服装を整え訪問客(意外に多かった)に会う。
その際、ベルトラン将軍(帝政末期の内大臣であった)がかならず同席する。
夕方は、好天であれば、グルゴー将軍に馬車の用意を命じ、随員やその夫人たちを伴い、すこし遠くまで出かける。
馬車での遠出から戻ると、先刻口述した文章を読み直したり、チェスやトランプに興じたりする。
晩餐は午後の8時。
全員が正装して、ろうそくの灯る食堂に集まる(もっともベルトラン夫妻が出席するのは日曜だけ)。
ポタージュからはじまり、デザートでおわるフルコースで、料理は帝冠の模様の入った磁器の皿で供された。
コーヒーが出ると、一同はサロンに移り、ナポレオンが好きな戯曲や小説の一節を朗読するのを聞いたり、モントロン夫人がうたう歌に耳を傾ける。
ナポレオンの朗読はお世辞にも上手とはいえず、随員の多くの者にとって、それを聞くのは苦役だった。
11時ごろになると、ナポレオンは自分の部屋に引きあげる。
ほぼ毎日こんなふうに、ロングウッドの長い一日が過ぎるのだった。
(続く)
晩餐は仰々しいものだったようです。
給仕長の制服をまとったチプリアーニが準備の整ったことを皇帝に告げ、食堂のドアをひらきます。
食卓にはいくつもの銀の枝付き燭台がきらめき、席順はキチンと決められています。
ナポレオンの左右にラス・カーズとモントロン夫人、向かい側にグルゴーとモントロン、それにラス・カーズの息子が座ります。
日曜の夜、ベルトラン夫妻が出席するときには、平日のモントロン夫人の席にベルトラン夫人が座りました。