物語
ナポレオン
の時代
ロウ総督との2度目の会見は、2週間後の4月30日におこなわれる。
ナポレオンはこの日風邪ぎみで気分がすぐれず、ひげも剃らぬままに寝室に総督を迎え入れた。
このすこしまえにイギリス側から、ロングウッドの随員と召使いの全員に誓約書をだすようにという通達がきている。
主君と同じ拘束条件を甘んじて受け入れるという書類に署名せよ。
署名を拒否する者はロングウッドを立ち去るように、という内容である。
プランテーション・ハウスでは、経費節約が主たる理由であろうが、退去希望者が出てくるのを期待していた。
ナポレオンはこの新しい措置に抗議こそしなかったが、気に入らなかったらしく、この日は総督に無愛想な態度をとった。
ロングウッドの住みにくさ、緑の少ないこと、健康的でないことをにも不平を述べた。
ロウが帰ったあと、ナポレオンはうんざりしたようにいう。
「なんという下品でいやな顔だ! これまで見たこともない顔だ。やつが一瞬でもひとりになったあとでは、コーヒー一杯だって飲む気になれん!」
毒を盛られかねない、という意味である。
3度目の会見は5月16日におこなわれた。
ロングウッドより住みやすい新居の建造を考えている、とロウは告げる。
前回は居住環境の悪さを前回こぼしていたのに、ナポレオンは総督のこの話になんの関心も示さなかった。
それどころか、不機嫌な顔で答える。
「こちらからそんなことを頼んでないし、なにもしてもらいたくない。コックバーン提督がいなくなって残念だ。かれはいつも誠意をもって接してくれた」
新総督への反感が露骨に示されたわけである。
ハドソン・ロウは、自分の義務は本国政府の訓令を実行することであり、最近の訓令はコックバーン提督の時期より厳しくなっている、と反論した。
(続く)